テーマ:お隣さん

隣の家の弟

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そのユウキくんも高校のはじめあたりから魔法少女もののアニメを見るようになったことを私は知っている。部屋のベランダからかなり無理してユウキくんの部屋を覗けば美少女のフィギュアが控えめに飾られていることも。私はアニメそのものをあまり見なくなり、弟は逆にかつてのユウキくんのように、男らしいというかなんというか、髪型がトゲトゲした男の人がたくさん載った雑誌を読んでいた時期がある。
とはいえ私たちは仲が悪いわけではなかった。お互いの母親が家を行き来するのによくついていった。ユウキくんの家と私の家の間取りはあまり変わらないと思う。ただ、あとにできた分ユウキくんの家の色合いの方がなんていうかセンスがよかった。自分の家ではない家、というだけで幼い私はそう思ったのかもしれない。それに隣の家にはユウキくんのお父さんがいた。
弟がカードゲームにはまって、放課後も学校の友だちの家に入り浸るようになっても私は隣の家にいった。学校が終わってから晩ごはんができるまでの数時間、ユウキくんのお父さんに会えるかもしれないと思って、ひとりで隣の家にいった。うちの父親の出勤時間が昼から夜遅くだったので、私たちの晩ごはんの時間はかえって早く、五時くらいには家に帰らないといけなかったけれど。ユウキくんのお父さんに平日に会ったことはほとんどなかったように思う。それでも、毎日のようにいっていた時期がある。
だから、学校終わりにはいつも家にいたユウキくんを質問攻めにしていたことを覚えている。ユウキくんのお父さんが好きなものはなんなのか、私のことをどう思っているのか、その他あれこれ。ユウキくんの家にいるあいだはユウキくんを弟のように雑に扱った。
ユウキくんは私と弟とはちがう、少し離れた私立の学校にいっていた。もしかしたらそのことで母親同士の見栄の格差があったのかもしれない、なんていまは思うけれど、思い返すとそういうところを目撃したことがないので、なかった記憶を勝手に作らないようにしたい。
私はたいてい、ユウキくんのお母さんが晩ごはんの買い物に出かけて、帰ってきたあたりで家に帰った。帰りの合図はうちから漂ってくる料理のにおいだった。たまに、父親たちを除け者にして五人で晩ごはんを食べることもあった。
その習慣が終わったのは弟が不良になったからだ、と、つい、いいそうになるけどちがう。私の反抗期だ。15歳、15歳という年齢ならなんだってできる気がしていたんじゃないかと、いまは思う。そのころにはもうユウキくんのお父さんへのあこがれがなくなっていたというとうそになる。でも私は思いちがえて、きついメイクをしてベランダに立って、ユウキくんのお父さんがゴルフの素振りをするのを見ていた。こっちを見てというように、じっと睨んでいた。そして見られると、顔をそむけてベランダをきつくしめたのだ。うちの父親には、お風呂がどうとか、洗濯物がどうとか、ドラマで覚えたみたいな反抗的な台詞をいって、そうして少し傷つく自分の殻をいっそうとげとげしくし、母親にはババアといった。弟とユウキくんにはこんな姿を見せないようにと思いながらも、抜け出すことができなかった。隣の家を含めた家族たちと同じように、私自身、時間がすべてを消してくれることを祈りながら、髪を染めて肌を荒らし、制服のスカートを短くしていった。クローゼットから溢れっぱなしの服や雑貨の色の海のなかで、一枚の写真がこちらを向いている。夜、写ルンですで撮った写真が。そのなかで、一番前にいる私はこの前古着屋で見た弟みたいな座り方をしている。バイクとかには乗らなかったけど、友だちたちとまるでレディースみたいに映っている。金髪をちぢらせて、くちびるが炎みたいだ。そのなかの友だちのひとりは、入学したばかりのときに高校を中退して、いつか赤ちゃんを学校に連れてきた。そのとき、家族と打ち解けはじめたばかりの私はその友だちに気づかれないように、カバンで顔を隠しながら校門まで歩いたのだった。

隣の家の弟

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