テーマ:お隣さん

隣の家の弟

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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弟は不良をしている。両親はなかなかそうは認めたがっていないみたいだし、だれかの口からはっきりと「あいつは不良だ」なんて聞いたことはないが、少なくとも私には不良に見える。少なくとも――というのは身内バイアスがかかっているからの表現かもしれない。人によってはどこからどう見ても不良に見えるかもしれない。いや、見えないかもしれない。たとえば昔の少年マンガに出てくるような短ラン、リーゼント、手にはセカンドバッグのようにすかすかの学生鞄を持って――などという格好を弟がしているところは見たことがない。でも絶えず無理をしてガニ股で歩いているし、道ばたに唾を吐いている。吸い殻を捨てる。わりとよく怒鳴る。そのくせ小型犬なんかには優しくする。これが不良ではなくてなんだというのだろうか。とはいえそれはただ思春期だからちょっと悪ぶってみたいだけだ、という人もいるかもしれない。悪さにあこがれてはいるけれど、本当に悪人になる気はないのだ、とも。実際そうかもしれない。もし本物の悪人を目の前にしたら怖気づいてしまうかもしれない。だが弟は不良だ。両親を怯えさせているというだけで、私にとって弟は不良なのだ。
 隣の家に住むユウキくんは不良ではない。ユウキという発音は「勇気」や「銃器」の音ではなくて「病気」の発音に近い、そんなユウキくんだ。もっといい発音の例があったら教えてほしい。ユウキくんは不良ではないように見えるが実際はどうなのだろうかという疑問を持つ人もいる。昔まだ私たちが小さかった頃を思い返してみれば、ユウキくんが隠れ不良だということは考えにくい。とはいえ過去の延長ということで見てみればうちの弟が不良になりえるとはだれもが予想できなかったのであり、その点をかんがみればユウキくんもやはり不良なのかもしれない。私が知らないところでカツアゲをしたり彼女と少女マンガの実写映画を見て号泣したりしているのかもしれない。しかしあくまで弟とユウキくんを比較して見るというならば、隣の家の両親は老いだとか将来だとか根本的なものへの不安はあるだろうが、さしあたってなにかに怯えているようには見えない。だからユウキくんは不良ではない、ということにしておきたい。
 弟が隣の部屋で電話をしている。まるでだれかに自分は声が大きいのだと自慢しようとでもいうくらい声が大きい。さっきから弟は「ちょべりぐ」と連呼している。どういう意味だろうか私にはぜんぜんわからないが、ともかく弟にはあるおそらく気に入ったフレーズを二週間くらい連発する癖がある。いまも壁越しに聞こえてくる限りでは「ちょべりぐ」で会話が成立しているようにさえ思える。それはきっと思い過ぎだろうと思いたい、とため息をついたところで電話が切れた。それから弟の部屋のベランダが開く音が聞こえる。

隣の家の弟

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