テーマ:一人暮らし

午後の風景

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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そのようなある日、高木さんの娘から佐藤へ電話があった。
母親が、故郷と図書館へ行きたい、と頻りに口にしているのだと云う。
娘は、医者と相談した。彼女の故郷の田舎へ行くのは難しいが、図書館までなら良いとのことだった。
そこで娘夫婦は、母親の故郷まで行って彼女の実家の周りをビデオに収録して来た。その映像を見た高木さんは、涙を流さしていた、と言う。
娘は、母親のもう一つの望み、図書館へ行くことは、何とか叶えてやりたい。それで、明日連れて行くことにした。その折に、皆さんと会わしてやりたい。懇意にしていた人達へ声を掛けていただけないか、との願いだった。
佐藤は、黙って聞いていたが、これを即座に受けた。
それから、おずおずと母親の病状を聞いてみた。
娘は、抑えた声で医者からは、余命一ヶ月と言われている、と答えた。
佐藤は、衝撃を受けた。何回か、お見舞いに行き病状が芳しくないのは、分かっていたが、そこまで悪いとは思っていなかったのだ。病気を克服して図書館で再会することを高木さんとも話していただけに、胸を抉られた気持だった。

次の日の午後、高木さんは、娘の車に乗せられて図書館へやって来た。図書館の前には、佐藤・福田・吉田の男三人、そして斉藤・佐々木・山田・西川の女性陣四人の計七人が待っている。
車から降りて来た高木さんは、頭部をネット状の帽子で覆っており、もう車椅子を使わないと移動できなくなっていた。待ち構えていた人達は、彼女を車椅子に乗せる手助けをする。
一瞬、驚いたような表情を見せたが、直ぐに顔をほころばせて、身を委ねていた。
高木さんは、病院で会った時とは違って軽く化粧をし、痩せ細った顔を隠していた。そして外出用の明るいワンピースを着て、全く別の印象の姿を見せている。
二階までエレベーターで行った高木さんは、車椅子を押してもらい、図書館の書架の間をゆっくりと一回りする。
高木は、懐かしいものに別れを告げるように本を目で追っている。
広い図書館の中で、彼女が良く利用した文学や園芸等のコーナー等は、特に時間をかけて見回してしたが、早々に病院へ戻らなければならない。
一階へ降りると、佐藤が、折角だからと高木さんを喫茶店へ案内した。
高木さんも喫茶店の美子に会いたいようで、拒まなかった。
喫茶店に入ると店長の美子が何時もの笑顔で迎えてくれた。既に皆が座れるようにテーブルがセッテングされており、卓上は花で飾られている。
高木さんを真ん中にして一同が座ると、美子はケーキを運んで来た。

午後の風景

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