テーマ:一人暮らし

午後の風景

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 福田次郎、68歳、会社を退職して3年。今日の午後も、いつもの通り図書館のソーファに凭れて備え付けの新聞を読んでいる。日経と朝・毎・読、そして地元紙にざっと目を通すのが彼の習慣になのだ。
 一通り読み終えると、おもむろに学習用の席に移動。曇り硝子で間仕切りがしてあり、他人の目を気にすることなく読書を楽しむことが出来る。
彼の好きなのは「日本の歴史」ものだ。本棚から興味がある本を選んで来て、ここで読む。斜め読みだが、興味があった所をルーズリーフにメモをしておく。このようにして作ったメモをテーマ毎に整理したファイルが、既に10冊を超えた。
一時間も集中して読書していると、目が霞んで来る。こうなると今日の読書の時間は終わりだ。帰る準備をして図書館の一階に併設された喫茶店に立ち寄る。
喫茶店では店長の美子が、迎えてくれる。今日は、お昼のランチにも来たので二回目の来店だ
「いらっしゃい。コーヒーにしますか、ビールにしますか?」
福田が、少し迷っていると店内から声が掛かった。
「福田さん。こちらで一緒にビール飲みましょうよ」
声の主は、佐藤であった。彼も会社を退職し、今は悠遊自適の生活を送っている。席には、もう一人吉田も手招きしている。二人とも図書館と喫茶店の常連で、福田より少し年上だ。
「やあ。それでは私も混ぜて下さい」
美子は、手際よくビールのジョッキーとサービスの柿ピーナッツのつまみを運んで来る。
三人で「乾杯」と軽くジョッキーを合わせる。
冷えたビールが日課となっている読書を終えた喉元を心地よく過ぎて行く。まだ明るい時間から何の気兼ねも無く酒が飲める。これが現役をリタィヤした人達の特権だ。しかも佐藤も吉田も、図書館に通い喫茶店を利用するようになってから初めて面識を得た人達なのだ。
図書館を利用するようになって福田は、気付いたことがあった。それは図書館の利用者には二つの種類がある、と言うことだ。一つは、有り余る時間を潰すためだけに来ている人達、もう一つは、ここで知識を収集し生活に生かそうとしている人達だ。
佐藤は、民生委員をしており、それに必要な知識を図書館から得ている。
吉田は、郷土史を学ぶ会のボランテァをしており、やはり図書館を良く利用している。
福田は、図書館で日本の歴史を自分なりに学びながら、関心を持った名所・旧跡を訪ねている。時には、妻と一緒に旅行する。
このような形で利用している人達は、何となく共鳴しあうものがあるようで、いつしか図書館で顔を合わせると黙礼をするようになり、喫茶店で出会うと席を同じくするようになった。

午後の風景

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