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午後の風景

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「しばらくお顔をみせなかったので、どうしたのかと思っていたのよ。まさか入院させていたなんて知らなかったわ」
高木さんは、声をひそめるようにして言った。
「談話室があるので、そこで話をしましょう」
ゆっくりと少し痩せ細った体をベッドから滑り降ろして先に立って案内しようとする。
そろり、そろりと足を運ぶ姿に、快活な彼女を知っている四人には信じられない気持ちで就いて行く。
自動販売機の缶コーヒーを買って、四人に勧めながら、
「本当に良く来てくれたわ。有難う」
その声には、力が無かった。
「定期検査で癌が見つかってね。専ら放射線で治療しているの。入院してもう二カ月、たまに娘が着替え等を持って来てくれるけど、一人でいると心細いものよ」
笑顔で感謝を表そうとするが、喜びの笑顔にはならない。
精神的にも肉体的にも、相当参っている様だ。
そのような彼女を、四人は励まそうと声をかける。
その言葉を高木さんは、いちいち頷きながら聞いている。
それからフゥーと息を吐いてから絞り出すように言った。
「夫に死なれてから自分の始末は自分でしなければ、と身のまわりの整理を進めて来たの」
「でも、いざ入院となると、まだまだ不十分。娘は近くにいるけど、息子が海外勤務で、中々話が出来なくてね」
「二人の子供を困らせないようにしておこうと整理をして来たけど、未だ不十分」
喫茶店では、今まで余り口にしなかった話だ。図書館の利用者と言う共通項で集まっていた人達には、個人的な話題に余り深入りしないのが暗黙のルールであった。お互いに当たり障りのない話をして、楽しい時間を共有するためである。
しかし、高木さんとの話しは、夫々が老いを迎えて悩んでいることを垣間見せるものであった。
皆も、自分の抱えている悩みを口にしようとする。
だが、今日は高木さんへのお見舞いに来たのだ。彼女の時折見せる表情は、高木の負担になっていることを示していた。
そう感じながら福田は、皆の顔を見渡して言った。
「元気そうなお顔も拝見できたので、今日はそろそろお暇しましょう。私達でお役に立つことがあったら何でも遠慮なく申し付けて下さい」
一同も同感であった。名残り惜しかったが、高木さんをベッドまで送り、代わる代わる彼女と軽く握手してから退去した。触れた手には、痩せ細った乾いた感触のみが残った。
佐藤の車に乗り込んだ一行は、皆口数が少なかった。

それからも二、三回、彼らは誘い合って、お見舞いに行ったが、病状は、捗々しくないようだった。高木さんの好きそうな本を図書館から借りて届けたりしたが、パラパラと拾い読みをするくらいが精一杯のようだ。

午後の風景

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