クッカバラは元気
そんな遠い所に行って本当に戻ってくるの?
「お茶、どうぞ」
「どうもありがとうございます。あの、これ」
慌てて渡しそびれていたクッキーの袋を渡した。さすがに手ぶらでお宅訪問はまずいだろう、でも好みがわからないから、と無難に思えるクッキーにしたのだが、相手が男とわかっていたら違うものの方がよかったかもしれない、と後悔したがもう遅い。
「ありがとう。ここのクッキーおいしいよね。いただきまーす」
明るく言われてほっとする。
「あの」
その背中に呼びかける。
「佐藤さんとは、仲がいいんですか?」
まさか、つき合っているわけじゃないよね? 友達、って言ったし、広瀬結が彼氏なら香苗がこの部屋に住むだろうし……。
「あー。佐藤さんは、高校が一緒で元カノの友達」
元カノ、の響きに思わず首をすくめた。
あ、それはそれはどうも失礼。じゃあ、本当にただの友達なんだ。余計なことを聞くんじゃなかった。きまり悪くなって逆にそれ以上何も聞けなくなり、大きなこげ茶の革張りのソファーに座ってあちこち見回す。
上も緑、右も緑、左も後ろにも前にも緑。大きな葉っぱ小さな葉っぱ、複雑な切れ込みの入った形や細長いしゃらしゃらした感じのもの、濃い緑薄い緑、模様の入ったもの、さまざまな種類の植物に囲まれソファに座っていると、自分がどこにいるのかわからなくなりそうだ。
ほお。緑に囲まれた暮らしっていうのも悪くないな。
「なんだか温室の中にいるみたい」
しっとりつややかなソファを撫でる。
「いいソファですね」
「すごく高かった。でも、見て、触って、座ったらどうしても欲しくなって無理して買っちゃった」
おしゃれな部屋にグリーンはつきものだけれど、この部屋は度が超えている。ここまできたらもうあっぱれだ。
「この部屋、どう思う?」
「すごく、素敵な部屋だと思います。でも」
「でも?」
「あたし、サボテンも枯らす女なんです」
あーあ、言っちゃった。本当のことだけれど、デリカシーのない大雑把な女ですと自ら公言したようでちょっと落ち込む。
サボテンを枯らす? どうやって? と、驚く広瀬結。
「そりゃ、だめだねえ」
「だめですよねえ」
沈黙。ああ、恥ずかしい。もう、帰りたい。そうだ、帰ろう。
「じゃあ、手始めに」
広瀬結は立ちあがり、キッチンカウンター前に並べられている形や高さの違うガラス瓶(もちろん植物が挿してある)の一つを取り出してあたしに見せた。
「これなら大丈夫だと思うから、育ててみる? ここまで根が出ているから、もう土に植え替えても大丈夫だよ」
クッカバラは元気