クッカバラは元気
さらば、実家。これからはセンスのいいおしゃれな部屋で暮らすのだ。
誰だって家を出る時にはそう思ったはずだ。しかし、現実は厳しい。
あたしは打ちのめされていた。
なぜなら今日、遊びに行った杉浦彩乃の部屋が思わず「かわいい! 」と叫んでしまいたくなるような部屋だったからだ。
天井から下がるきらきら光るビーズののれん、目隠しに使われているカフェカーテン、レース模様のコースターの上に置かれたアイスティーの入ったグラス、なにもかもがいちいち可愛らしく、その中にちんまり座る綾乃のふわんとした栗色の髪や淡いピンク色のくちびるさえもインテリアの一部のように馴染んでいて若干苛立った。
ああん、くやしい。
あたしにだって、まっさらな部屋の真ん中に立って「よし! あたしだけの部屋! ダサいものなんてなにひとつない、おしゃれな部屋に住むぞ」と踊りだしたいような気持ちでわくわくと決心した日があったのに。
でも、そうはならなかった。
ローズピンクのハート型クッションを尻に敷き「さすが綾乃。あたしも一週間ぐらいこの部屋で暮らしたら女子力アップするかも」と悔しい気持ちを押し殺しつつ言うと「うーん。それはないんじゃない? だってこの部屋、芹奈の趣味じゃなそうだもん」と綾乃はあっさり答えた。
あっさり言うね。はっきり言うね。その通りだけどさ。
白とピンクを基調としアクセントカラーは赤、なんてあまりにも少女趣味。そんな乙女キャラにはなれないし、そもそも幼少のころからレースやリボンが似合わなかったせいか「かわいい」ものがそばにあると気恥ずかしさのあまり落ち着かなくなるのだ。本音を言えば一週間どころか、一泊しただけで具合が悪くなりそうな気がする。
でも、うらやましい。
彩乃は自分の思い通りの部屋を手に入れたのだ。
家に戻り、玄関からベランダまで十歩でたどり着けるような自分の部屋を見回しながら考える。
あたし、どんな部屋に住みたかったんだっけ?
一番安かったからという理由で買ったケトル。売り場で並んでいた中で、比較的かわいいと思えた葉っぱが舞い散る柄のカーテン。セット価格だった布団。財布の中身と相談しながら、その時迷いに迷って買ったものたち。その結果がこれだ。
「あーもう全部捨てたい。最初っからやり直したい」
だめだ、だめだ、だめだ、こんなんじゃ。床を転げまわってのたうち回って全部を壊してしまいたくなる。ばかっ。あたしの馬鹿。何もない部屋に入ったあの瞬間に時間を巻き戻して「妥協禁物」と書いた紙を突きつけてやりたい。
クッカバラは元気