「電話」他五篇
「煙草ありますか?」
「買ってきます。何ですか?」
「えっとー、これ」
ポケットから丸めた箱を出し、カウンターに置く。
「一箱?」
「はい」
ゆりこは箱をサッと掴み、店を出て行く。グラスに残りのビールを注ぐ。入れ過ぎてカウンターにこぼれた。おしぼりを手にすると、ふらっと椅子から転げ落ちた。酔ってきたのか・・。
カランコロと氷が鳴る。最近、ウイスキーの水割りを美味しいと思うようになった。時間は0時を過ぎていて、今夜はもう客が来そうにない。
「もう閉店にしちゃおー」
少し酔った感じのゆりこはカウンターの下を潜り、入口ドアに掛けた札を裏返し、戻ってくる。そして、自分の隣に座った。展開が何か早すぎる。こんな美人の隣で酒を飲むなんて、どう考えても話が出来すぎだ。可愛いゆりこに、どっか怪しい、疑うところはないかと勘ぐるが・・・。でも、ゆりこ、すげー可愛い!まずいなぁ、でも入って良かったなぁ、この店。もうどうしていいか分からん!何か俺、今日ついてる?・・ついてるの?ラッキー?大当たりなのか?!妄想がグルグルと頭の中を支配し始める。ゆりこは黙って水割りを飲んでいる。自分も黙って飲む。冷たくて美味しくて、香りと雰囲気でさらに酔いそうになる。
「あの・・」
「なに?」
「ゆりこさん、いくつ?」
「私、ゆりこじゃないですよ。私、ただのバイトなんで」
「え!そ、そうなの?」
「もしかして、ずっとゆりこだと思ってた?」
「じゃ、名前なに?」
「いいじゃん、別に」
「よくないよ。よくない、よくない!教えて」
「いいじゃん。じゃ、ゆりこにしとこう。今夜は」
「え、ナニナニ、何で名前教えてくれないの?」
「別にいいじゃん、何でも」
「よくねえーよぉ・・俺、もう勝手にゆるこで妄想しちゃってんだから」
「ゆるこ?」
「ゆりこ!間違えた」
「妄想って、なぁ~にぃ~?」
「名前教えてくれないなら、押し倒しちゃうよ今すぐ」
「こーわーいー!もう、酔っぱら~い」
「夜は酔った者勝ち」
「なにそれ~」
夜が明けて、駅までの道をゆりこと歩いた。始発がちょうど動き始めている。
「家どっち?」「家どっち?」
だらだらと歩く途中で、全く同じ言葉が同時に口から出た。僕は立ち止まる。ゆりこも立ち止まり、口を開いた。
「付き合わない?」
滅茶びっくりして、漏れそうになった。思わずあそこをぎゅっと掴む。今から家に来ない?と言うつもりだった僕は、ゆりこの言葉が自分の気持ちと同じ気もしたし、少し違う気もした。何だか飛躍してる感じ。楽しくて心地がよかった。
「電話」他五篇