テーマ:一人暮らし

「電話」他五篇

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5「スナック」

北口をウロウロ歩き始めて一時間ぐらい経っていた。煙草がもうないと思い、コンビニを探す。夜は少し冷えて、気持いい。この散歩をいつの頃からか、パトロールと呼んでいる。何か変わったことはないか?新しい店はないか?可愛い女の子は歩いてないか・・。ウロウロは楽しい。喉が渇けばその辺にふらっと入り、生ビールを頼めばいいし、お腹が空けば牛丼かラーメン屋の椅子にさっと座ればいいのだ。でも、どうしてパトロールしたくなるのかは分からない。とっとと家に帰ってゆっくりすればいいはずなのに、何故か、足が家の方には向かない。考えごとをして歩けば、時間が経つのも早い。

南口に出た。こっちはあんまり来ない。知らない店が多いし、北より少し暗くて狭いので、何となく敬遠していた。今 夜三度目の生ビールが飲みたくなった頃、目の前に「スナックゆりこ」という店を見つけた。ゆりこがどんなオバサンなのか冷やかしついでに、迷わず入った。

「いらっしゃい」と言ったゆりこが、超若くて綺麗でびっくりする。思わず店を間違えた体を装い、くるっとUターンした。ゆりこはすぐにこう言った。「お願い、飲んでいって」
向き直り、店の中を見渡す。客は誰もいない。もちろん、こんな寂れたスナックに客がいないのは珍しくない。でも、ゆりこは超綺麗で超可愛いのだ!彼女目当てに客が連日押し掛けても不思議じゃない。黙って前に進み、漆黒の古木のカウンターに座る。ゆりこが目の前に来て、おしぼりをくれた。
「何にしますか?」
「生ビール」
「生は無いんです。、瓶ならキリンとアサヒがありますけど」
「じゃあ、アサヒで」
「はい」
ゆりこは程良く心地よい時間をかけて、グラスにビールを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを持ち上げ、泡にそおっと口をやる。飲みながら、目の前のウイスキーや焼酎の瓶を眺めた。
「わたしも飲んじゃお」
ゆりこは驚くほど自然に目の前のビール瓶を手にし、自分のグラスに注ぐ。彼女の顔をまじまじと見た。自分よりも若いスナックのママがいるなんてなぁ、と思いながら惚れぼれする。
「いただきます」
二人で乾杯した。その時点でかなり、ゆりこのルックスに参っていた。何を話していいものか頭も回らない。
「近所ですか?」
「あ、反対口です。10分くらい」
「フーン」
彼女の喋り方や表情が年相応で安心する。すっかり、煙草を買うのを忘れていた。今日はもう禁煙しようかと5秒考えたが、目の前でゆりこが煙草に火をつけるのを見て、吸いたくなる。

「電話」他五篇

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