ねこのほね、みみずのなきごえ
愛佳がそっと手を伸ばし、蓋を空ける。陶器の擦れる悲鳴が微かに響く。
「ララ」
愛佳の溜め息の先で、砕かれた貝殻のような破片が白く浮かび上がる。
愛佳は肩で大きく息をして背後に手を伸ばす。畳の上を引きずるようにして横に並べたのは、おれが持ってきたのより何回りも大きくどっしりとした骨壷。頼りない明かりの元でも、かなり古びているのが見て取れる。
こちらの蓋もゴトゴトキイと泣き声を漏らして開かれた。満杯まで少し余裕を残してぎっしりと敷き詰められた不揃いな破片の山。砂粒のように吹けば飛んでしまいそうな小さな欠片に混じって、燃え尽きた炭に似た形を残しているものもちらほらあった。
愛佳が両手を小さな壺に伸ばす。華奢な手のひらで包み込むように持ち上げられた小さな入れ物に満ち満ちた砂山の表面が、ざらざらと揺れている。
手が震えているからだ。
上から被せるように両手を添えると、愛佳ははっと息を呑んで、くしゃりと笑った。
「ありがと」
そして、大きな壺の上でそっと傾ける。
さらさらと流れていく白い破片。白にも灰色にも生成り色にも見えて、元々の砂山にあっという間に溶け合って見分けが付かなくなっていく。
愛佳は薄く唇を開いてそれをじっと見つめている。おれは、その愛佳を見ている。
愛佳と初めて喋ったのは合コンの帰り道だった。飲み会の最中は席が離れていたので、口を利くどころか目もほとんど合わなかった。皆で駅に向かう道中、何となく隣り合わせになったので話しかけてみようと思った矢先に、あ、と呟いて愛佳は足を止めた。
「ねこ」
繁華街の路地裏、ネオンや外灯の丁度影になる暗闇で、金色の目玉が二つ光っていた。
おれも釣られて立ち止まった。どうするのかな、と思って愛佳に目をやると、彼女は猫好きな人間がよくするように鳴き真似をしたり、チッチッと舌を鳴らすような素振りは全然見せなかった。ただ屈んで、早くもこちらに興味を失って立ち去ろうとする猫の後ろ姿を見つけ、小さく唇を開いて何かを言った。
今思えば、あの時囁いた言葉は――ララ、か、それとも。
「一杯になっちゃった」
愛佳の声にはっと我に返る。大きな骨壷には、うっすら盛り上がるほど中身が注ぎ込まれていた。
「ケンちゃん、これお願い、一旦蓋して」
「わかった」
おれがララの骨壷を仕舞い込む間に、愛佳は大きい方の骨壷を閉じる。
音を立てずに唇が動く。
落とした言葉は――ママ、か、それとも。
ねこのほね、みみずのなきごえ