テーマ:一人暮らし

ねこのほね、みみずのなきごえ

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる


「ママは、ララと同じお墓に入りたいって言ってたの」
 愛佳の長い髪を、微かに潮を帯びた風が巻き上げる。河口が近いのだろう、川から吹く風は何処か生臭い。
「そんなこと出来んのかよ」
「うん、最近は結構多いんだよ、ペットと入れるお墓。だけどララより先にママが死んじゃって、普通のお墓には動物の骨は入れられないから」
「だから預かってた?」
「ていうか、諦めてた。わたしが死ぬ時にこっそり一緒に入ってあげようって思ってたの」
 抱えた小さな骨壷に視線を落とし、愛佳は笑う。
「まさか、ママの骨ともう一度会えると思ってなかったから」
改葬、と言うのだそうだ。
親戚一同の話し合いで色々あって、墓を移すことになった。十数年ぶりに日の光を浴びた母を、ほんの一晩だけでいいから家に帰してやりたいと言ったのは父親だったそうだ。そうして今夜一晩だけ、愛佳は母と再会した。
「奇跡でしょ。今だ、今しかないって思って、だから」
愛佳は骨壺を抱きしめてこちらを振り向く。
「ありがと」
ジージーと、何処かで蚯蚓が鳴いている。
 おれは何を言ったらいいかわからずに、愛佳の顔から目を逸らした。
「それ、どうすんの」
「これ?」
 愛佳は、随分軽くなってしまったララの骨壷を両手で掲げた。
「そ。持って帰んの?」
「……撒いちゃおっか」
「え」
「はい」
愛佳は外した蓋をおれに握らせると、狭い壺に手をねじ込んだ。
「ちょ、愛佳」
「そおれ」
ぱらぱら、ぱらり。
ぬっと湿った風が、高く掲げられた愛佳の指先から白い粉を舞い散らす。自分の吸う空気が突然粉っぽく感じられて、おれは息を止める。
「ふふ、それ、飛べ飛べえ」
愛佳は骨壺を両手で逆向きに握って振り回した。飛ぶというより振り落とされるようにして、骨の欠片が宙を舞う。サンダルから覗く白い踵が不揃いな石を踏んでバランスを崩し、頼りない足首が危なっかしくぐにゃぐにゃと曲がる。構わず愛佳はくるくると不器用なステップを踏む。
その手から、つるりと壺が滑り落ちた。
「あ」
がちゃん。
河原の石は無情に確実に、脆い陶器を打ち砕く。
突然糸が切れたように愛佳はその場に座り込んだ。
「愛佳」
慌てて駆け寄ると、愛佳は唇をうっすら開いて呆然とおれを見た。
「おい、愛佳、大丈夫」
「不法投棄」
「は?」
 どすん。
ぶつかるように抱きつかれて一瞬息が詰まる。汗がびっしりと滲んだ肌同士が、一筋の隙間も許さないほどにぴたりと張り付く。
「ケンちゃん知ってる?散骨って、ちゃんと許可取らないと不法投棄なんだよ」

ねこのほね、みみずのなきごえ

ページ: 1 2 3 4 5 6 7

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ