みどりの手紙
緑色の、封筒。
渡された手紙を、私はすぐに開けた。見覚えのある便箋に、見覚えのある丁寧な字が並んでいた。
『拝啓、木村鈴子さま
きっと、この封筒を見て驚いていることと思います。
まず謝らせてください。
あなたの郵便受けに匿名の手紙を入れていたのは私です。ごめんなさい。
私はあなたのことが好きでした。
女なのに、って思いますよね。
でも、私はもともと女性しか好きになれない、そういう女です。
あなたを好きになったのは本当に偶然乗った満員電車でのことでした。
痴漢に遭っていた私を、あなたは助けてくれました。ただ静かにそっと、痴漢していた男の人と私の間に体を滑り込ませることで、あなたが盾となり守ってくれました。
あなたにとってはなんてことない、もしかしたらただの偶然だったのかもしれない。だけど、私は本当に、とても、嬉しかった。
だから、引っ越してきた先のお隣さんがあなただと知ったとき、私は本当に驚きました。偶然に偶然が重なることを運命と呼ぶのなら、これは運命なんじゃないかなんて、都合の良いことを思ったりしました。
そして、あなたとどうしても何か接点が欲しくて、本当にどんなきっかけでもよくて、だからあんな手紙を入れてしまいました。何度も、何度も。ご迷惑だと思いながら、それでもすがるような気持ちで。
ごめんなさい。
好きだという気持ちを自分勝手にぶつけてしまって。
だけど、あなたはいつだって、なんでもないことのように私を助けてくれるから、そのたびにあなたを好きな気持ちが増えて、まるでコップに並々と注がれた水の丸く突っ張った表面みたいに、とてもギリギリのところで溢れるのをとどまっている、そんな感じでした。
でも、あなたの部屋に入っていく恋人らしい男の人の姿を見かけて、自分の行いのあまりの身勝手さに私はハッと我に返りました。だから、手紙を入れるのもやめました。
今は、とても後悔しています。手紙を入れたことではなく、あなたを守れなかったことを。もっと、真正面からあなたと親しくなろうと努力していれば、もっと違う形であなたを守れていたかもしれない。怪我をしたあなたをエントランスで見かけたとき、そう思いました。
何もかも独りよがりで本当にごめんなさい。
だけど、最後にどうしても伝えたかったんです。
あなたのことが好きでした。
何度も助けてくれてありがとうございました。
あなたが私にしてくれたように、私もあなたを守りたかった。
お元気で。
橋元すず』
みどりの手紙