テーマ:お隣さん

みどりの手紙

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「それっ、その怪我っ…どうしたんですが、大丈夫ですかっ…」
なぜか彼女の顔は蒼白だった。
きちんと引っ越しの挨拶にやって来たときから珍しい子だとは思っていた。怪我をしている人なんて明らかに面倒なことが起こっているに違いないし、ましてやただの隣人の事情に首を突っ込もうとしている気が知れなかった。そこまで考えて、けれどそういえば自分も彼女を助けたことがあったなと思い出す。
「大丈夫、大丈夫…ちょっと転んだだけだから…」
「転んで…?でもっ、」
「大丈夫だからっ!」
思わず語気が強くなってしまい、取り繕うみたいにもう一度弱々しく「大丈夫…」と呟く。それでも、女の子は掴んだ手を離そうとはせず、ただ瞳を不安げに揺らして私を見つめていた。
そんな、小動物のような愛らしい目で見ないで欲しい。その目元を覆う濃くて長い睫毛に、くっきりとした綺麗な二重瞼に、小さくすっきりと伸びた形の良い鼻に、薄く桜色に艶めく唇に、そんな彼女を形作る美しさに、自分の女としての全てを否定されているような気持ちになる。
泣き出したくなるぐらついた感情をどうにか押し止めようときつく唇を噛んだ。すると不意に、頬にヒヤリとした感触が走る。それが、女の子が押し当ててきたアイスクリームだとすぐには気付けなかった。
「ごめんなさい、こんなものしかなくて…でも、冷やした方がいいので…」
女の子の腕には、コンビニのビニール袋が提がっていた。
腫れた頬にじんわりと広がる冷たさが心地良かった。でも、アイスクリームを当てられた頬は冷たいはずなのに、同時になぜか生温いものがその頬を濡らしていた。
「ありがとうっ…」
泣きながら、私は女の子にお礼を言った。棒つきのアイスクリームは私の涙と体温で溶けてきっと食べるどころではなくなってしまうだろう。それでも女の子は、ただひたすらにそれで私の頬を冷やしながら、どうしてだろう、私と同じような泣き出しそうな顔をしていた。


それから一月後、隣の女の子はこのマンションから出て行った。
家の事情で大学を休学し実家へ帰るのだと、越してきたとき同様に挨拶にやってきた彼女は言っていた。
それから、最後に封筒に入った手紙を渡された。
その封筒を見て、私は思わず酷く驚いた顔をして彼女を見返してしまった。彼女は何も言わず、ただニッコリと微笑んで、「短い間でしたが、ありがとうございました」と頭を下げて帰っていった。
私は急いで部屋に戻り、机にしまってあった封筒の束を取り出した。彼女が渡してきた封筒は、その中の一つとピタリと一致した。

みどりの手紙

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