薬指さん、こんにちは
呆然として半ば機械的に、スパークリングワインを一口。酸味と苦味が舌の上でパチパチ弾ける。
こういうことか、薬指、こんちきしょう。
帰り道、爆音でロックを聞きながらコンビニに寄って赤ワインとサラミとチーズを買った。レジで店員が若干ヘドバンしていた気がするので、もしかしたらずっと音漏れしていたのかもしれない。どうでもいい。明日は土曜日だ。花金バンザイ、くそったれ。
そんな荒んだ気持ちも、部屋に戻ってワインを三分の一ほど空けた時にはすっかり落ち着いていた。よく考えたら半年も付き合っていなかったのだし、まあそれでも今までの最長記録を更新中だったのだからそこは残念ではあるのだけど、とにかく何年も泥沼に腰まで浸かってから捨てられるよりはよっぽどマシだ。遅かれ早かれ人はどうせ別れを迎えるもので、なくした指だってそのうち生えてくる。
残りの赤ワインは、深夜のバラエティを楽しみながらゆっくりいただくことにしよう。
気がつくと朝で、フローリングに仰向けに転がっていた。背中と肩と足が痛い。最後に時計をみた記憶は四時、今は十二時。一応八時間は寝たらしいが、体は全然休まっていない。
ゆっくりと四つん這いになると寝違えた首が激痛を訴える。どうにか立ち上がると今度は頭がズキズキ痛む。満身創痍とはまさにこのことか。
這うようにしてシャワーを浴びる。浴室の段差に右足が引っかかって危うくつんのめるところだった。おのれ薬指。
すっきりしたところで空腹を感じたので冷蔵庫を開けたが、見事に空っぽだった。正確には、水と味噌と海苔の佃煮しか入っていなかった。そういえば冷凍ご飯も食パンも切らしていたので昨日買い足す予定だったのだ。予想外の展開でそれどころじゃなくなってしまったわけだけど。
仕方ない。髪を乾かし、最低限の時間と手間で顔を整える。徒歩二分のコンビニにしたって、すっぴんでというわけにはいかないのがアラサー女子の悲しさ。十年前なら話は違ったんだけど。
エコバッグに財布とスマホと鍵を突っ込んで、さあ、と立ち上がったところでインターホンが鳴った。タイミングが良いというか悪いというか。玄関まで行って今さら気がついたが、鍵は開いてドアチェーンも掛かっていない。今後気を付けよう。
「はい」
ドアを開けてから、自分の幸運に感謝した。
顔を作った後でよかった。まあ顔を作る前だったら居留守を使うに決まっているのだけど。
「あの、今日隣に越してきたものです。お休みの日にうるさくしてしまってすみません」
薬指さん、こんにちは