テーマ:ご当地物語 / 東京牛込

原っぱの怪人

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話が進むにしたがって、紙人形を裏へ返したり、別の絵と取りかえたりして、人物の動作の変化をあらわします。人物を静止(せいし)させるときには、ワクにあけた穴に串を差し込んで立てておきます。舞台の両そでに立てた背景も、紙人形と同様(どうよう)に回転させるようになっていました。人形はあざやかな色彩で描かれていて、余白(よはく)は黒く塗りつぶしてあるので、変なすごみが感じられました。
出し物は、忠臣蔵の討(う)ち入(い)りや、堀ばたの丸橋(まるばし)忠(ちゅう)弥(や)などの時代もので、絵を使いながらセリフを言うのは、人形劇と同じです。舞台の裏に太鼓やカネがぶらさげてあって、おじさんが一人でセリフも言えば、おはやしも打ちます。
入り口には、手ぬぐいを姉(あね)さんかぶりにしたおばさんがいて、入場料を受けとります。入場料といっても子供相手の商売ですから、十円か二十円といったところだったでしょう。拍子木(ひょうしぎ)を打って、ワクの前の幕をあげ、一回終わると幕がさがって来て、入れかえになります。
演じ手のおじさんは、上演中は黒布(くろぬの)の後ろにいて姿をあらわしませんが、着ているものも黒っぽい洋服で、足には黒いゲートルを巻いていました。年は五十ぐらいだったでしょうか。囲(かこ)いのそとでは、洋服の上にうすいラシャでできた、そでのヒラヒラする外套(がいとう)をはおっていました。オーバーではなく、男の人が着物の上に着るインバネスの、すそのほうを短くしたような形の外套です。
黒いビロードの大黒(だいこく)帽子(ぼうし)をかぶって、その下の糸のように細い目で笑って、白い歯をむき出します。だんだんのある、とがったワシ鼻、鼻の下に針のようにこわい口ひげがピンと左右にはねています。口は大きくてベニを塗ったように赤い色をしていました。
道夫はいつも、クラスでいちばんウマの合う清一といっしょに、この変な紙芝居を見に原っぱに出かけたものでした。清一の家は、赤城神社の近くにある染物(そめもの)・洗張(あらいは)り屋で、神楽坂の大きな料理屋さんがお得意先(とくいさき)でした。牛込は繁華街(はんかがい)をひかえているだけでなく、取りつぎ先の染物(そめもの)工場(こうば)が、手近(てぢか)な江戸川ぞいにたくさんあるので、染物・洗張り屋さんにはつごうがよく、清一の家もかなり手広く商売をしているようでした。
清一は、病気がちで、ひ弱な少年でしたが、なかなかの詩人というか、文学少年というか、気のきいた話を聞かせてくれました。清一は紙芝居屋のおじさんを、「原っぱの怪人」と名づけました。なるほど、黒いマントのそでを、はばたくようにヒラヒラさせたり、人形やセリフを使うところは、怪人にちがいありません。

原っぱの怪人

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