テーマ:ご当地物語 / 北海道帯広市

それからの、一年

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 こんな風に、ゆっくりとココアを練り上げるなんていつ以来だろうか。ふつふつと音を立てるココアへさらに牛乳を加えながら、私は時間の流れを楽しんでいた。
 窓の外では、色とりどりのスノーウェアに身を包んだ小学生たちが、もつれあいながら歓声を上げていた。登校途中のようだが、ランドセルは都合のよいボーリングの玉にされているようだ。一人の男の子が滑って転び、一際大きな歓声が上がる。私は完成間近のココアへシナモンスティックを投げ込むと、鍋を火からおろし、大きめのマグカップへと注ぎ入れた。
 サンルームのテーブルでは、早めに植え付けたシクラメンの鉢が、躊躇いがちに花を咲かせていた。私はそこに腰を下ろすと、マグを両手で抱え、白一面の庭を眺めていた。
 この一年、いろいろなことがあったようで、本当は何もなかったように思う。だけど、それが自然なんだ。季節は確実に移り変わるけれど、人間はそれに漂うだけで、変わったりなんか、なかなかできない。私も生き方と住む場所を変えたけれど、本質的なところは何も変わっていないように思う。
 一口、ココアを啜る。暖かくて甘い。
 これから、どうやって生きようか。幸い貯えは十分にあるし、退職金もそれなりに支払われた。でも、私はまだまだ若いのだ。きっとこのままではいけないのだと思う。
 飲みかけのマグをテーブルに置くと、私は立ち上がって窓辺へと近づいた。また雪が降っている。大きな雪片が、左右にぶれることもなく、一直線に空から落ちてくる。次々に落ちてくる。
 そういえば、隣の女性はスーパーでパートをしていると言っていた。私も、勤めに出ようか。自分を見失わない範囲で、また働いてみようか。
 再び春が来た。雪は解け、土がぬかるみ、まずはフクジュソウが咲いた。次にクロッカスが、そしてスイセンが。私はドラッグストアでのパートを始めた。トイレットペーパーを積み、シャンプーを発注し、熱を出せば休む。どうということはない、初老を前にした独身女の生活だ。
 私が生き直そうと決めた、それからの、一年。特別なことは何もなく、季節は順に廻っていた。
 私は、この土地で幸せに生きている。

それからの、一年

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