それからの、一年
秋はなかなか来なかった。8月の初旬から、秋の気配は確かに感じられていたのに、春や夏のように、はっきりと姿を見せることはなかったのだ。
ただ、外が快晴なので薄着で庭へ降りると思いのほかに寒かったり、読書灯を付けなければならない時間が日に日に早くなったり、八月の終わりとともに、確実に夏は終わりを告げていた。
そんな折、秋の到来を知らせてくれたのは、できるだけかかわりを避けてきた隣人だった。
「御精が出ますね。」
スイセンとアリウムの球根を、シベリア桜の根元に植え付けている時、隣の家の菜園から、そう女性の声が飛んできた。人間関係や、つまらないしがらみから逃げ出した私は、できるだけ人と関わらないように心がけていたのだが、さすがに笑顔で声を掛けられると、それを無視をすることもできない。
「ええ、時間を持て余していますから。」
答えてしまってから、勤め先や家族構成を詮索されるのではないかという不安がよぎった。しかし意外にも、隣家の女性は、私のことよりも私の庭に関心があるようだった。
「素敵なお庭ですよね。このあたりは農家の出が多くて、自宅でも野菜を育てている家ばかりでしょう。そうやって、花でいっぱいのお庭って、あこがれてしまいます。」
「まあ、農家さんだったんですか。お若いのでサラリーマンさんかとばかり……。」
自分でも、自分が嫌になる。なぜ職業や家族構成についてしか会話ができないのだろうか。
「あら、主人はただのサラリーマンですよ。私はすぐそこのスーパーのパートですし。ただ、主人の両親が農家なんです。」
それじゃあ二世帯住宅なのね。という言葉をなんとか飲み込んで、私は別の話題を提供しようと努力した。
「あら、立派なジャガイモですね。」
「今年は小さい方なんですよ。本当はもっと太らせてから採りたかったんですけど、雨が続くようなので、腐る前に掘ってしまおうと思って。」
土に汚れたままのジャガイモは、女性の抱える籠に山盛りあふれ返っていた。
「ずいぶんとたくさんできたんですねえ。」
「ええ。私はこんなにジャガイモを作るくらいなら、もっとお花を植えたいんですけど、毎年お義父さんが張り切って、勝手に植えちゃうんです。あ、今のは内緒にしておいてくださいね。」
いたずらっぽく笑う女性は、中学生のようにかわいらしかった。
「あら、それじゃあ口止め料に、そのジャガイモいただいてもいい?」
「もちろんです。御近所さんに配るのも迷惑かと思って困っていたんですよ。かえってありがとうございます。これからうちは毎日マッシュポテトばかりになるでしょうから。」
それからの、一年