テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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牛男は、私が少しの間物思いにふけっているのを敏感に察知したらしい。
「どうかされましたか?」
「ああいえ、その、引っ越したら子どもの学校なんかが遠くなるので、家族にどう説明しようかと」
言ってしまってからひどく恥ずかしくなった。まだ私が優勝すると決まったわけでもないのに、これでは獲らぬ狸の皮算用ではないか。
「そういうことですか」
牛男がマスクの下でひっそりと笑う気配がして、私は顔を赤くして俯いた。
「ええと、その」
「心配いりませんよ。だってこの家に住むのはあなた一人ではありませんか」
「え」
デスクに置かれたプロジェクターの青い光が、牛男の面に濃い影を落とす。
「参加要項にも書いてあったでしょう。この家を譲り受ける条件として、優勝者一人が単身で住むこと。譲渡も認められません」
「そんな」
「ほらここに」
壁に映し出されたのはウェブサイトの申し込み画面だ。その下の方が二百パーセントくらいまで拡大されると、細々とした文章がやっと読み取れる。
「こちらに同意いただいた上でご参加いただいている筈ですが」
「こ、こんな小さい文字、読めるわけないだろう」
「そう言われましても」
牛男はマスク越しにもはっきりと聞こえる程大きなため息を吐いた。
「ではご辞退されますか。今の時点でしたら違約金は発生いたしません」
「辞退、とは」
「本日のイベントは失格扱いとなります」
「失格」
二千円が無駄になってしまうではないか、とまず思ってしまうあたり我ながらけち臭い。
その時、私の頭に天啓が閃いた。
この家に住むのは私一人。しかしこの豪邸には腐る程(腐られては困るが)ゲストルームがあるではないか。有希子たちはそこで暮らせばよいのだ。長期滞在だと言い張れば、まさか滞在を許可されないということはあるまい。
しかし、牛男は私の脳内を見抜いたかのようにプラスチック製の目玉を残酷に煌めかせた。
「なお、ご親族の方の滞在は最長で一週間、次の滞在までは最低でも一ヶ月空けていただくのが決まりです」
「なんとお」
思わず芝居がかった声を上げてしまった。なんという周到で狡猾な先回り。
「どうされますか。制限時間もありますので、この場で決めていただけますか」
たらり、背中を冷や汗が伝う。
普通に考えて――選ぶべきは家族だろう。どんなに煌びやかで豪奢な屋敷であっても、一人きりで暮らすなんて味気ない。そもそも幸せな家族計画のためにこのゲームに参戦したのだ、家族と一緒に住めないのなら豪邸を手に入れたところで意味はない。二千円は惜しいが所詮二千円だ、落としたとでも思って諦めよう。

ラビリンス

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