テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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今のアパートに引っ越した時、家族四人で撮った集合写真だった。今よりは幾分小奇麗なアパートの前で、俊哉は私の膝にまとわりつき、由香は有希子に抱き上げられて笑っている。私はタオルを鉢巻のように頭に巻いたまま、汚れた顔で誇らしげに仁王立ちしていた。
 スマートフォンと写真を握り締めた私が辞退を伝えると、牛男は突然私の鼻先に謎の液体を噴射した。それきり記憶が途切れているところからして、どうやら眠らされたらしい。背中の痛みに目が覚めると、人通りのない道路に仰向けに転がされていた。手の甲に「失格」の判子が捺されていたのであの牛男の仕業らしいということだけは察したが、どうやってあの屋敷まで戻ればいいのか、自分が今何処にいるのかすら掴めず途方に暮れた。住所がわかれば手元のスマートフォンで検索もできるのだが、あいにく申し込みは自宅のパソコンから行っていたし、うろ覚えの企画会社名を検索してみてもそれらしい結果は出てこない。
これはもう闇雲にでもいいから歩くしかないかとやけくそになりかけた時、再び天啓が舞い降りた。
以前有希子がスマートフォンを失くした時に、私のスマートフォンでGPS検索できるように設定したことを思い出したのである。祈るような気持ちで検索し、地図上に点滅する赤い点を見つけた時の私の気持ちは、砂漠でオアシスを見つけた旅人の如くであった。そうして私は目に見えない電子の糸を頼りに歩き続け、ようやっとここまで帰り着いたのである。
しかし、一連の出来事を一から説明するには私は疲れすぎていた。中年の体力の衰えは、本当に甘く見てはいけないのだ。
「帰ろう」
私が掠れた声で何とかそう言うと、有希子はまだ何か言いたげだったが、よろよろと進む私の肩を支えてくれた。その後ろを俊哉は黙って歩き、由香は友人に電話をかけて声高に喋り始めた。今日はドタキャンしてごめんね、ええ、違うよ、ほんとに思ってるってば!
「俊哉も由香も、帰ったら私たちがいないからびっくりして連絡くれたの。家に居なさいって言ったのに、あなたが心配だからって来たのよ」
「そうか」
「夕ご飯、お惣菜だからね。本当なら帰って作る時間があったのに、あなたが遅いから」
「すまん」
「本当よ。給料日前で余裕ないのに」
「すまん」
 築二十年賃貸木造アパート、藤城翁の楽しむジャズが丸聞こえで、豪雨の日にはサッシの隙間から雨水が侵入し、靴箱に収まりきらずに革靴やスニーカーが玄関に散乱する狭苦しい我が家が、とてつもなく懐かしかった。

ラビリンス

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