テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

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 見れば見る程、豪邸である。
 陽光を跳ね返す真っ白い外壁に絵本の中の城のようなアンティークなデザイン、車回しの備えつけられたホテルと見まごう程の広大な表玄関。ウェブサイトの説明によれば地上四階地下二階、ゲストルームが八部屋、バスルームとダイニングルームが二部屋ずつ、最新のシステムキッチンにジャグジーとミストサウナ付の天然温泉を引いたバスルーム、ホテルロビーのようなリビングと全然小さくないミニバー、プールとミニゴルフ場が広がる庭園、クラブルームビリヤードルームシガールームレクリエーションルームと高級ホテル並みの施設が揃い、何とリネン室まであるらしい。地下には車二十台分の駐車場にワインセラーにフィットネスルーム。やたらホテルに例えるのは、私の想像力があまりに貧困で他に似たものを思い描けないせいである。
このギリシャ神殿の如く(ようやく違う例えを思い付いた)見るものを圧倒する豪邸が、よりにもよって都内の瀟洒な高級住宅地の一等地にどんと鎮座しているときた。私が何百回生まれ変わって働き詰めの人生を繰り返したところで、土地代のほんの何分の一すらも払えないに違いない。
カシャリ。隣で有希子がスマートフォンを構えてシャッターを切る。
「うん、綺麗に撮れた。さああなた、早くしないと受付に遅れるわよ」
「あ、ああ」
私たちは入口の門を通り抜けたところにいて、ここからあの豪邸まではどんなに短く見積もっても百メートル以上の距離がある。と言うと案外近いようだが、うっかり走ったら確実に肉離れを起こす距離だ。中年の肉体の衰えを舐めてはいけない。ゴルフの準備運動で肉離れを起こした同僚を笑っていた奴が翌週プールの準備運動でぎっくり腰になる世代なのだ。つまりこの距離を縮めるには粛々と歩いて行くより他に方法はなく、ぼんやり立ち尽くしている暇はない。
「ほら、あとから来た人に抜かされたじゃないの。行くわよ」
 颯爽と私の前を行く妻は、花屋に並ぶバラのような目に痛い――失礼、鮮やかなピンク色のドレスを纏い、一歩踏み出すごとに肉の垂れた尻がぷるんぷるんと揺れている。夫の応援に精を出してくれるのはいいが、あれではほとんどチンドン屋だ。最近始めた社交ダンスの講師に勧められて買った一張羅だというが、教室の外で着たら悪目立ちするだけだと何故わからないのか。最も一言でも文句を言えば百の反撃が矢のように降り注ぐことはよくよく承知しているので、私は得意げに進むピンクの物体の後ろにそそくさと付き従った。

ラビリンス

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