ラビリンス
車回しの前には夏祭りで使うような白っぽいテントが張られていて、そこで名前と連絡先を記帳し参加費二千円を払えば、それで受付は終わりだった。見上げるようなどっしりとした玄関扉は固く閉ざされて、私と同じような参加者たちが二十人ほど、思い思いの姿勢で開門を待っている。
「おや、前田さんじゃありませんか」
「これは藤城さん、あなたも参加するんですか」
私に声をかけてきたのは隣人の藤城翁だった。齢八十は超えていると聞くが、趣味は太極拳とジャズ鑑賞とトライアスロンという実に精力的な老爺なのである。
「いやあ、話を聞いたらいてもたってもいられなくて、年甲斐もなく駆けつけてしまいましたよ」
「はは、藤城さんがライバルとは辛いですなあ」
「またまた、若い者には負けますよ」
「私だってもう若くないですよ。しかし、藤城さんがお隣じゃなくなったら寂しくなりますね」
「それはこっちの台詞ですよ、ははは」
「ははは」
お互いにこやかに会話を交わすが、目は笑っていない。勝利を手にし、築二十年の木造賃貸アパートを颯爽と出て行くのは自分の方だ――笑みの仮面の下で相手がそう思っているのが手に取るようにわかった。何故なら自分がそうだからである。
「参加者の皆様」
受付のテントから、スピーカー越しのひびわれた声が響き渡った。
「これより大会を開始いたします。参加者の皆様は玄関扉前にお集まりください。付き添いの方々はこちらの控えテントにてお待ちください」
「あなた、しっかりね。ほらこれ」
「ああ」
ドレスに合わせてやたら濃い化粧をした有希子から手渡されたのは何のことはない、私のスマートフォンだった。どうも尻ポケットが軽いと思ったら、また家に忘れかけたところを有希子が回収してくれていたようだ。
私はいよいよ他の参加者たちと肩を並べて扉の前に立った。スピーカーの声を聞きながらその時を待つ。
「ルールは既にウェブサイトと要項にてご確認いただいた通りですが、念のため簡単に説明させていただきます。皆様にはこれからこの屋敷の中を自由に捜索していただき、何処かに隠れている支配人を探し出していただきます。支配人の出す問いに答え、かつこのスタート地点に一番に戻ってこられた方一名が優勝者となります。制限時間は二時間。優勝者の方にはこちらの館を土地ごとプレゼントさせていただきます。なお、家具家電類は現時点で備え付けられてるものをそのままお使いいただけますし、引越し費用もこちらで負担させていただきます」
ラビリンス