テーマ:一人暮らし

シャワーカーテン

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 業務がひと段落して、喫煙所でたばこを吸っていると父からLINEがきた。〈きょうなにたべたい?〉。〈ごめん。きょう、上司に飲みに誘われてるんだ〉とうそをつこうとして、やっぱりやめた。〈カレーたべたい〉と送った。送るまでのあいだにたばこはぎりぎりまで燃えていた。長い灰が落ちた。
 仕事が終わると、そのまま父の部屋にいった。きれいな部屋だった。モデルルームのようだった。母さんの写真は? と聞いた。持ってきてない、と父がいった。父がそれでいいなら、それでいいと思った。壁にシャワーカーテンがかかっていたりしていない部屋の清潔さに、カレーをつくるにおいが混ざっていく。つくるのを手伝おうかというと、狭いし、といわれた。仕事から帰ってきて疲れてるだろ、とも。テレビをつけて、ザッピングして、消した。ベッドに仰向けになって伸びをした。卸したてのにおいがした。目を閉じて、実家のにおいを思い出そうとした。まどろんでいった。ご飯が炊けるアラームで起きた。自分がどこにいるか少し戸惑った。ぼやけた視界を覚まそうと顔を洗おうとした。顔洗うよ、と声をかけた方がいいのか、でもそれってよそよそしいんじゃないかと気にした。ユニットバスにシャワーカーテンがなかった。シャワーカーテン、と父にいった。買うのわすれてたんだ、カレーできたよ、といわれた。隣でたべよう、といった。父はうなずいた。なんとなく父の部屋はまだ、だれの部屋でもない気がした。お皿に盛った剥き出しのカレーを隣の部屋に運んだ。
 ドアを開けると後輩のにおいがした。
なんだこれ、父が壁にかかったシャワーカーテンとその上に貼りついたものを見て笑った。あ、これ、おまえが子どものときの。貼りつけたおもちゃに父が手を触れると、おもちゃが床に落ちて壁際の雑多を崩した。このとき、気まずくなるのではないかと思った。けれど、落ちた衝撃でおもちゃから音楽が流れたのでふたりで笑えた。カレー、たべないと、といった。おいしかった。
 たべながら、お互いの近況報告など、こなすべきことをこなした。実家はそのまま残してあるらしい。私が転勤とかすることになっても父さんはここに残るの? と聞いた。どうしようかな、と父が苦笑いした。カレーのおかわりを、また隣の部屋から運んできた。
 食器洗いをしているあいだ、父は海外ドラマを見ていた。コーヒーをいれた。マグカップの底がテーブルを鳴らす音で父がびくっとした。これ、おもしろいな、と父がいった。ふたりでコーヒーをすすりながら、一話が終わるまで黙った。

シャワーカーテン

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