テーマ:一人暮らし

シャワーカーテン

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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ホームセンターにいくと、新生活をはじめたばかりの大学生みたいな人たちがちらほらいて、ひとり暮らしをはじめてみてから気づいた必要なものを買いそろえているみたいだった。ひとり暮らしをはじめたのは社会人になってからだった。入社の二週間前に実家からアパートに越してきて、慣れないままに会社がはじまった。いまも慣れない。生活するのに向いていないんだと思う。でも、いちいち憤っていた残業や上司に要求される雑務にはもう慣れてしまった。ただ、こなせばいいだけだ。波風を立てずに。過ぎる時間をあてにして。シャワーカーテンがいくつかあった。それぞれ大きさがちがう。メートルがちがう。うちのバスタブにはどのサイズが合うだろうかと、親指と小指以外をとじて広げた手で、爪先から股下まで測っているとポケットが震えた。スマホを取り出した。父親からLINEがきていた。〈元気なんでしょ?〉それだけきていた。こんなことをいわれたら〈元気です〉としか返せなかった。父親からはキティちゃんのスタンプが返ってきた。あと実家の犬の写真が、いくつも。ピントがぼけている。就職のためにここに出てくるまで、なんというか、硬い言葉しか父親からは聞いたことがなかったのに、文字だと父親は軽い。ガラケーからスマホに変えたことで舞い上がっているのかもしれない。
家に帰ってシャワーカーテンを買えた。古いものを取り外すとき、赤茶けたぬるい水が顔にかかった。紙を丸めるみたいに雑にシャワーカーテンを畳んだら市指定のゴミ袋に入らなくて、丁寧に折り畳んだ。だれかにプレゼントするみたい。新しいシャワーカーテンからはするにおいはよそよそしかった。
次の日は一日中海外ドラマを見ていた。動画配信サイトを見ていたら無料で見れるものがあって、クリックしたら流れ出した。正直、そこまでおもしろくはなかったけれど、消費を脅迫されるみたいに一日中見てしまった。見終わって少し経つと、どんな話だったかもう忘れはじめていて、シーズン1をぜんぶ見た満足感だけが残った。それもねむると消えた。起きて仕事にいった。
新人に仕事を教えることになっている。教えられる立場になんてないと思っていたけれど、口からは受け売りの言葉がすらすら出てくる。自分のそうした軽さ、薄情といえるものに戸惑いながらも、知ったような口を聞く。後輩はメモを取っていてこちらを見ない。あしたは祝日なのでそわそわしている。台風が近づいている小学校みたいに、部署は、内側からなにかに動かされるみたいに活発だった。帰ってもいいのに、後輩が残業していたから残った。分担した。上司は他の人たちと飲みにいっていたから、パソコンで好きな曲を流しながら仕事をした。モニターを睨んで黙々と数字を打ちこんでいくなかだった。後輩が口ずさんだので、社交辞令みたいに、その曲が好きなのかと聞いた。残業が終わって後輩と飲みにいくことになった。後輩も同じアパートに住んでいることを知った。

シャワーカーテン

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