テーマ:一人暮らし

住む記憶

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「で、どうすんの?」
 お母さんみたいな口調で直人が言う。
「ちょっと考える、って言ってある」
「ふーん」
 さっさと次の物件を探せと言われるかと思ったが、直人はそれ以上何も言わなかった。彼はバイト先の焼き鳥屋の焼き鳥をたくさん持ってきてくれて、駅前にある店でDVDまでレンタルしてきてくれた。テレビはないので、パソコンで映画を見ながら焼き鳥を食べた。「ビール飲む?」と訊くと、彼は首を振った。
「酔った状態で幽霊と対峙する訳にいかない」
 直人には万全の態勢で挑んでもらった訳だが、僕は風呂に入ってロフトに上がると、前日殆ど眠っていなかったせいもあり、すぐに眠ってしまい、朝までぐっすりだった。目が覚めてからロフトを下りて行くと、直人もソファーベッドで気持ちよさそうに眠っていた。直人が目を覚ましてから話をきいたけれど、結局彼もすぐ眠ってしまったということだった。要するに、何も起こらなかったのだ。
「やっぱりお前が寝ぼけてたっていう可能性が一番高いな」
「うん、そうみたいだね」
 コーヒーを出してやると、淹れたてのそれを、彼はズズッと啜った。
「でもよかったじゃん。お気に入りの部屋にこれからも心置きなく住めるなら」
「うん」
 頷いてはおいたけれど、僕は自分が見たものをまだ鮮明に覚えていた。現実と呼ぶには難があるけれど、あれが夢だったとは到底考えられなかった。そして思った通り、三日後、あの男はまた姿を現した。
 その日アルバイトから帰ってくると、男が僕の部屋でテレビを見ていたのだ。驚いて大きな声を出した僕に、相変わらず男は見向きもしなかった。目線はじっとテレビへ向けられて、ときどき笑っている。僕はその様子を観察した。念の為後ろからも見てみたけれど、この前現れた男で間違いなさそうだった。彼は僕と同年代くらいに見えた。テレビは玄関から入って左手の真ん中くらいの位置にあって、僕のソファーと重なっている。最初に男が現れた場所を確認すると、あのときと同じように机とパソコンがあった。部屋を見回してみると、やはり僕の物ではないベッドやテーブルが、今の部屋に重なっていた。僕の物の配置とは、全然違かった。ロフトを見てみると、僕が寝室として使っているのとは違い、三分の一が物置になっていて、畳んだ布団が一緒に置いてある。多分ゲスト用に使われるのだろう。
「やっぱりここに住んでるんだこの人・・・」
 この無声映画は、彼がこの部屋に住んでいたときの光景なのだ。しかしそれがわかったところで、どうしたらいいのだろう。何せ向こうにはこちらがまるで見えていないのだから、いくら出て行って欲しくても、それを伝える方法はない。

住む記憶

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