テーマ:一人暮らし

住む記憶

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 僕は言った。直人は笑って、電車を降りて行った。
 それから僕は雅美のことを考えた。電車を降りて改札を出てから、雅美にメールしてみようかなと思った。何て書こうかと考えていると、ふと、こちらへ向かって歩いてくる男性に目が留まった。その人物は今僕が出てきた改札へ向かっているようだった。彼が近づくにつれて、それは確信へ変わっていく。すれ違いざま、無意識に呼び止めていた。
「ユウキさん!」
 相手は驚いたように足を止めた。僕を見返して、それからあたりをキョロキョロしてから、僕?という風に自分を指さした。それで僕はようやく、自分が勝手に付けたあだ名で彼を呼びとめたことに気が付いた。
「あ・・・すいません。その、名前、違うのに・・・えっとぉ・・・」
 ユウキさんは首を傾げた。
「人違いだと思うけど・・・」
 そう言われて、僕は三秒迷ってからこう言った。
「大学生のとき、この近くの十畳ロフト付きワンルームに住んでませんでしたか?」

 上手く事情が説明できずにいた僕を、ユウキさんは半ば連行するようにカフェへ連れ込んだ。
「とにかく、何がどうなってるのか正直に話してくれない?」
 コーヒーが来てから、彼は言った。それ程怒っている様子もないし、冷静だ。でも、「逃がすまい」という目をしている。やはり大人だ。僕が知っている彼とは大分印象が違う。
「話しても、信じられないと思います。僕だったら、信じる自信ありません」
「それでも君には話す義務があるんじゃない?あんなこと言われたら、誰だって気になってしょうがないよ」
「・・・僕、瀬良圭太といいます」
 信用してもらう為に、僕は学生証を見せた。ユウキさんは僕と学生証を交互に見てから、「近藤です」と名乗ってくれた。それから僕は、今までのことを彼に話した。話して行くうちに、彼の表情がだんだん変わっていくのがわかった。自分が彼の立場だったらと思うと、やっぱり気味が悪いだろうと感じる。
「・・・・・つまり君って、いわゆる、そういう──」
「いいえ、違います」
「でも──」
「現に、あなた生きてるじゃないですか。僕が見たのは、幽霊じゃないでしょう?」
 近藤さんは一瞬僕を疑うように見てから、口元に手を当てて神妙な顔をする。それから目だけを動かしてまた僕を見た。
「ちなみに見たのって、その、本当にそういう、レポート作ってたり料理したりテレビ見てたり友達と話してたりっていう・・・・」
「今近藤さんが想像されてるようなものは、一切見てないです」

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