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リノベーションマンション事例「落ち着いたトーンの異素材を組み合わせて心地良い陰をつくる」

雑誌「LiVES」に掲載されたリノベーションマンションから、今回は、東京都三鷹市の蘆田さんご一家の事例をご紹介します。居心地の良い空間に陰あり。黒壁による仄暗い場所がマンションの一室に奥行きをもたらし、抑えた明かりのもとに家族が集う住まい。(text_ Satoko Hatano photograph_ Akira Nakamura)

築43年のマンションをリノベーションした建築家・蘆田暢人さんの自邸を訪ねた。玄関を入ると目に映るのは黒壁と古い鉄筋コンクリートの天井。LDKへ続く仄暗い通路を進むと、ライトグレーのカーペットを窓からの光が伝うのが見える。

黒壁が出迎える玄関から土間クローゼットを見る。ナラ材の扉はガラスの押縁がない造作を用いたこだわりのデザイン。扉奥が居室エリア。

明るさを求める最近の住宅に多い「白壁とフローリング」をあえて採用しなかったという蘆田さん。トーンを抑えた素材がつくる「陰」が印象的な空間について語ってくれた。

「昔、祖父の家に行くと家の中に少し暗い場所があったのがすごく印象的でした。もともと日本家屋には均質な白壁や明るさはなくて、光があれば陰があった。人が集う場所がほんのり明るいという心地良さを求めて、素材や照明を考えています」

3LDKの既存の間取りを2LDKに。寝室と子ども室をコンパクトに抑え、家族が集うLDKの広さを確保した。仕上げ材の表情が映えるように、雑多な日用品は居室に置かずバックヤードに収めている。

家族が集うダイニングにはヴィトラ社のゲリドンテーブルを、リビングには蘆田さんデザインのソファを配置。ウォールランプはジャン・プルーヴェのアンティーク。
子ども室は約4畳だが、ブラインドで開閉を調節できるガラスの建具を介してLDKとつながるため開放的。ソファは娘さんがセレクト

また、自邸ということもあり、実験的にいろいろな素材を用いたという。まずベースとなるのが、既存仕上げを撤去して現しになった古い天井と梁。そして、時を刻んだ躯体に負けない存在感を放つ黒壁だ。間仕切り壁は骨材入りで光をわずかに拡散する黒と濃紺の中間色。窓際など躯体の壁はライトグレーに塗り分けた。

黒壁に馴染む寝室の引き戸

ダイニング横の書斎。小上がりの床にパープルハートの無垢材を張って空間を切り替えている。

床はオフィスにも使われる防塵効果の高いカーペットで、部分的に石畳のような凹凸がデザインされている。ほかにも、子ども室とリビングを隔てる腰壁にシート状の天然石を張ったり、キッチンカウンターにモールテックスを使ったり。限られた空間の中で複数の素材を用いるときのポイントについて蘆田さんは、

「全部を同じレベルで扱うのではなく、まずはメインを決めます。ここでは、躯体のほかは面積の広い黒壁とグレーのカーペットですが、ワンポイントがメインであってもいい。大事なことは、素材の使い方にも空間のコンセプトに沿った序列をもたせることです」

鉄筋コンクリートの梁とモルタル仕上げのキッチン、天然石シートを貼ったカウンターが調和する、ソリッドな表情のキッチンエリア。
[左]・キッチンの面材はラワン合板。床はフレキシブルボードを使用。左手奥にパントリーが続く。
[右]・すっきりしたLDKを支えるパントリー。食材のほか、大きな鍋や雑貨、書類などが収まる。

さらに、明るさを絞った照明計画も印象的。シーリングライトはなく、作業やくつろぎの場をブラケットとスポットライトなどで部分的に照らす。夜、家族は自然とダイニングの明かりのもとに集まるそうだ。日本の民家にあった「陰」を今のマンションに再現したような素材使いと空間づくりは、忘れていた住まいの居心地を思い出させてくれる。

[左]・トイレや家事室などは白く仕上げて居室と対比させている。/ [右]・ガラス扉を介して洗面室に隣り合うタイル張りの浴室。

CLOSE UP!

コンセプトとトーンをそろえて異素材を組み合わせる

[1]リビングと子ども室を隔てる腰壁に、天然石を薄くスライス加工したシートを貼った。石の表情をもちながら重苦しさがない不思議なテクスチャーが特徴。[2]濃紺と黒の中間色で間仕切り壁とスイッチプレートも塗装した。[3]本棚と一体でデザインされた書斎のデスク。木部は黒檀色で仕上げた。[4]凹凸柄のある細長いタイルカーペットを組み合わせて石畳のような表情に。表面に汚れを留めるので空気中に埃が舞わず、掃除機だけで清潔を保てる。[5]配線隠しのため仕上げ材を張った玄関の天井。燻銀の塗装に照明が映える。[6]玄関の壁にはシンプルな鉄棒の傘掛けが。スイッチBOXも黒く塗装。[7]洗面・浴室の磁器タイル。毎日使う水まわりの色や素材は奥さまの好みに。[8]シンクと一体加工のキッチン天板は特殊左官材のモールテックスを使用。

建物データ

〈物件名〉陰の住居〈所在地〉東京都三鷹市〈居住者構成〉夫婦+子ども1人〈主要構造〉鉄筋コンクリート造〈建物竣工年〉1974年〈専有面積〉80.28㎡〈バルコニー面積〉8.70㎡〈設計〉蘆田暢人建築設計事務所〈施工〉大森建築 〈設計期間〉3ヶ月〈工事期間〉2.5ヶ月〈竣工〉2016年

※この記事はLiVES Vol.94に掲載されたものを転載しています。
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