
空き家リノベーション事例「キッチンとガレージで営む小さなお店。商いと暮らしが融合し、社交の場に」
雑誌「LiVES」に掲載された空き家リノベーション事例から、今回は栃木県鹿沼市の岩本さんご家族の事例をご紹介。空き家をリノベーションして小商いにチャレンジ。家を店として開いたら、気づかなかった自分たちの力が開花して人生が新しい局面へ。
(text_ Eri Matsukawa photograph_ Takuya Furusue)
築40年の一戸建てをリノベーションし自宅兼小さなお店に
岩本さん夫妻は、それぞれ小商いを始めたばかり。奥さまは自宅の一画で雑貨店を営み、ご主人は移動販売を軸に手作りピザの店を主催。どちらも始動して間もなく、手探りながらようやく軌道に乗りかけたところだ。この家を手に入れたことが、夫妻の開業の発端だという。
結婚以来住んでいたアパートが手狭になって中古住宅を購入することに。築40年の空き家だったが、木材をふんだんに使って大工が建てた上質な家だ。建築家の渡邉貴明さんはその良さをできるだけ活かしてコストを抑えつつ、若い家族の暮らしにフィットする間取りに改変した。
奥さまが「家で何か商いをしてみたい」という願望を初めて打ち明けたのは物件探しの最中のこと。そのときは具体的なイメージがなく、ただ「人とおしゃべりできる場をつくりたい」という思いだけがあった。奥さまはキッチンで物を書いたり、本を読んだりするのが好きだということから、北側で暗かったキッチンを元応接間だった東南角に移動。土間にして庭に開き、中央に木のキッチンカウンターを置き、商いスペースと家族の玄関を兼ねることにした。


元応接間だったショップスペースでは、既存のサイドボードを商品の陳列棚にアレンジした。商品は自分が購入して使ったことのある作家のものを選りすぐっている。

什器の一部は庭に転がっていた 鍬や石、木を組み合わせて製作。(photograph_ Takaaki Watanabe)

土間でつながる、商いスペースと居住スペース
キッチン奥の座敷は板の間に変え、家族の食事スペースに。商いスペースとは土間でつながり、暮らしと働く場が混ざりあう。床の段差でプライバシーの度合いが暗示され、「ここから先は入らないでおこう」という来店者の気遣いをやんわり促す。ここで奥さまが始めたのは手作り雑貨のセレクトショップ「yae.」。経験はなかったが、自分が好きで購入していた雑貨の作家に連絡を取り、まったくの手探りでスタートした。
「家と一体なので店番をしながら家事もできるし、家賃もかからないので、売上が少なくてもキリキリせず、のんびりやれます。『この空間に癒やされる』と言ってくださる方がいたり、お客さん同士で会話が弾んだりするのが嬉しいんです」




立派な床の間を備えた奥の間は既存のまま残して予備の部屋に。

浴室にはしっかりとコストをかけ、ヒノキとタイルで造作。吊り戸も木製建具に。
「予期しない」を楽しめる家
ご主人が脱サラしてピザ屋「CERVO」を始めたのは、この家に引っ越してすぐのこと。ローンを抱え会社を辞めるというご主人に「生活の不安より、これから何を始めるのかとワクワクした」と肝の座った奥さま。いずれは「CERVO」と「yae.」を融合させ、ショップ空間をより活かしたいという抱負を抱きつつ、今は資金を蓄えるため初期投資を抑え、軽トラに大谷石の窯を載せたユニークなスタイルで移動販売を行っている。

ダイニングからガレージでピザを焼くご主人の姿がうかがえる。車通りの多い前面道路の喧騒はガレージでブロックされ、室内では落ち着いて過ごせる。

薪棚から取った薪を軽トラに積んだピザ窯にくべ、ピザを焼く準備にとりかかる。県内のイベント会場に呼ばれての出張営業と、自宅ガレージでの露店営業を並走。

既存ガレージに新設した薪棚は塀としても機能。
「私はどちらかというと内向的な性格ですが、地域コミュニティに開かれた家に触発され、変わってきたと感じます。家に背中を押されて新しい人生を選べました」(ご主人)
この家を「予期しない家」と命名した渡邉さん。「予期しないことを受け入れて楽しむ家族のポジティブな姿勢を、この空間がサポートしているなら嬉しい」と話す。

建物データ
〈敷地面積〉410.00㎡〈建築面積〉133.53㎡〈床面積〉1階 133.53㎡、2階 55.69㎡、合計 189.22㎡〈用途地域〉第一種住居地域〈主要構造〉木造〈既存建物竣工〉1981年〈リノベーション竣工〉2020年〈設計期間〉6ヶ月〈工事期間〉4ヶ月〈設計〉建築設計室わたなべ〈構造設計〉建築設計室わたなべ〈施工〉大島工務店

※この記事はLiVES Vol.116に掲載されたものを転載しています。
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