クッカバラは元気
まさか、このひと鉢をきっかけに……。
いや、ないよ。植物を枯らしてばかりのあたしは緑の部屋に住んだりはしないし、来年外国へ行ってしまう予定の男と恋に落ちたりもしない。
自分の部屋に戻る。部屋にあるものをひとつひとつ、じっと見る。いくつか店を回って、値段を考えて、それなりに悩んで自分で選んで買ったものなのだからこの部屋にあるものはすべて、自分の好み通りの好きなものばかりで、できているなはずなのに。
「思い通りの部屋にするには、自分のイメージに近いものを巡り合えるまで探さなきゃならないし、結局お金と時間にゆとりがないとね」
彩乃が言っていた通りだと思う。そもそもセンスのよいおしゃれな部屋に住むための根性もお金もない。というより、その前にどういう部屋に住みたいんだ?あたし。
何が好き?わあ素敵、と思うあたしの基準はどこにある?それはきっとあたしにしかわからない、あたしの中にあるはずのものなのに、よくわからない。あたしって何なの?どういう人?みんなに聞いて回りたいくらいだ。
「芹奈らしいよねー」
なんて言われたら「ね、あたしらしいってどういうこと? どういう感じ? どんなイメージ? 」しつこく聞いてしまいそう。
部屋の隅には広瀬結からもらったクッカバラが奇妙な形の葉を広げている。教えてもらったサイトの育て方の説明文を隅から隅まで読んだおかげか、今のところクッカバラは元気だ。
「私も、エアプランツをもらったよ。額縁みたいな容器に入っていて、そのまま壁に掛けられるから便利。あれ、いいよね」
香苗に言われて「あ、あたしもエアプランツにすればよかった、育てるのが簡単そうだし」と一瞬後悔したが、あの時なぜかクッカバラに心惹かれて選んでしまったのだから仕方がない。
広瀬結はまだアフリカには行っていないが、部屋の植物をいろいろな人に譲っているらしい。広瀬結の種があちこちに飛んでいるみたい。
「種?面白いことを言うね。みんな、あちこちでどんどん育って、どうせぼくのことなんか、忘れちゃうんだ」
スマホの向こうで広瀬結が(笑)を表示する。
「最初から、覚えていないんじゃないの?だって植物だもん」
「ひどい。でも、そうだね(´;ω;`)」
「変な顔文字。今どき顔文字って!」
「泣いているんですよ」
「カワイソー」
「慰めに来て」
「やだ」
文字のやり取りなら、会って言えないことも言えてしまう不思議。クッカバラをもらっただけ、それだけなのにまるでうんと親しい間柄みたいな錯覚。
クッカバラは元気