クッカバラは元気
「ごめんなさい。今、家に植木鉢がなくて。それに、あたし、こういうのすぐだめにしちゃうんです」
「やっぱり、ダメ? さすがサボテンを枯らす女」
広瀬結は笑ってガラス瓶の代わりにクッキーの入った皿を差し出した。
「ごめんなさい。香苗から緑の館とは聞いていたけど、ここまでとは思わなくて」
「いや、サボテン枯らしてる時点でひと鉢でも無理だろ、って言いたいけど」
すとんと広瀬裕が隣に腰を下ろす。
「サボテンも、生き物だからそりゃ扱いを間違えると枯れる。っていうか、水をやりすぎると腐るしね」
「あ」
思わず声を出したあたしに「ん? 」と首を傾げる。
「それかも。あたし、水やったり話しかけたりけっこう可愛がっていたのにどんどんしょぼんとしてきて小さくなって最後は最初の半分くらいの大きさになっちゃったんです」
「へええ。そりゃ、腐っちゃったのかもね」
広瀬結は笑いを噛み殺している。こんなに立派に植物を育てられるあなたにはあたしの情けない気持ちなんてわからないでしょうとも!
「残念だけど、この部屋は無理そうだね」
「すみません」
「いや、というか、僕の注文が無理だってわかった」
「は?」
「かわりに住んでもらうなんて無理だよね。部屋なんて、住んでいた人そのものだもんな、そりゃ気が重いっつーか迷惑なだけだ。よし、決めた。これから少しづつ、この部屋をからっぽにしていこう」
と、いきなり立ちあがった。
「何か、気に入ったものをひとつ持って帰ってよ。なんでも、どれでも構わないから」
思いもかけず広瀬結から「何かひとつ」をもらうことになった。
しかしこの部屋で何かひとつ、となればやはり植物になってしまう。
ためらいながらも緑が元気に育っている広瀬結の部屋にいたら「もしかしたらあたしにも育てられるかも」という気になってしまった。
「これでも、いいですか?」
不思議な形の葉を広げているそう大きくない鉢植えを指した。
「きれいで面白いから」
「ああ、クッカバラ」
「クッカバラ?」
「サトイモ科、フィロデンドロン属。フィロデンドロンクッカバラ」
「何ですか、その呪文みたいな言葉は」
「いや、まあ、室内で育てるのにむいているからいいんじゃないかな。日光は必要だけど直射日光には弱いんだ。部屋にレースのカーテンつってある?」
「はい」
丈夫で育てやすいからときっと大丈夫と言いながらもどこか不安げで「育て方」が載っているサイトを教えてくれた後「何かわからないことや困ったことがあったら」と連絡先まで教えてくれた。サボテンを枯らす女のイメージがあまりにも強烈だったのだろう。
クッカバラは元気