クッカバラは元気
部屋の中にかけてある額縁から、あるいは天井から釣り下がっている、植物のむき出しの根っこがフェイクではないことを示している。
「中津芹奈さん?」
「はい」
肩の力が抜ける。ほわあ、と口があく。心なしか空気がすがすがしくおいしく思えた。植物がある。それだけでこんな気持ちになるものなのか。
「花は育てないんですか?」
「うん。色が入ると気持ちが落ち着かなくて。ベランダはハーブ類が多いから花が咲かないわけじゃないけど、花が咲く前にたいてい食べちゃう。パセリに三つ葉にバジル、しそ、ローズマリーにフェンネル」
すたすた前を歩く素足、そのくるぶし、肩の線……このひと、男だ! 気付いたとたんどっきん、と心拍数があがった。
香苗の紹介で友達、っていうからてっきり女だと思っていた。だってゆい、って……どちらかといえば女性に多い名前じゃない。
身長はあたしより少し高いぐらい、こざっぱりしたユニセックスな服、ショートカットのさっぱり型美人かと思ったが、振り返ってこちらを見る顔、細くても筋肉質な体、やっぱり男だ。
ぎゃあーあ! 心の中で思わず叫ぶ。友達って男だったの? どうしてそれを先に言ってくれなかったの? 部屋の中でよく知らない男の人と二人きりだなんてヤバくない?
「どうかした?」
「いえ」
慌てて首を横に振る。
「本当に、植物が好きなんですね」
「単に、緑がそばにないと落ち着かないっていうそれだけの理由だけど」
「それを好きって言うんですよ」
「あ、そうか」
おだやかな口調。さすが植物好きなだけあって草食系だわ、とやや落ち着く。
「この部屋の売りは、ベランダにあるんだけど」
広瀬結に手招きされて、隣に立ってベランダを覗く。
「わ、大きな木」
ベランダのすぐそばまで大きな木の枝が迫っていた。
「雨風の日はうるさいし、はっぱも落ちてきたりするんだけど、やっぱり大きな木があるとなごむよね。これ見て即決」
「だから、手放したくないんですか?」
「うん。なかなかこういう物件ないし、この部屋、気に入っているんだ」
「でも、持っていけない」
「そう」
「どこへ行くんですか?」
「アフリカ」
「アフリカ?」
行ってみたいと思ったこともない国名を出されて面食らった。
「農作物の研究」
「あ、そうですか」
香苗と同級生ってことはあたしとも同じ年齢ってことで、なのにこのスケール感の違いは何だと少し悲しくなる。
「それにアフリカっていろいろ変わった植物がありそうだし、面白そうだから」
クッカバラは元気