テーマ:一人暮らし

ぱらみつぱらみつ

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 その得体の知れない熱は、いちどピークに達すると底を見てしまうのか、凪のように落ち着くことも知った。
 そんな日々を生きていた栞にきのう訪れた、柿沼のポストカード。

いつか聞いたことがあった。
雪には匂いがするらしいと。雪国で育った柿沼は、いつもそんなことを云っていた。
夏に出会って、冬には別れてしまったけれど。
冬が来て初雪を見る度に、時々柿沼のことを思い出していた。

 柿沼がいつか言っていた、〈雪の匂い〉を栞はきのうの真夜中、うまれて初めて知った。
 抱えきれないほど重たすぎるそれを埋めて置くための雪を、奥深く掘り続けていた時、ふいに鼻のすぐそばを掠めた。すずやかな匂いがした。
 例年ならば、翌日にはきえてなくなっているぐらいなのに、今年のこの辺りの雪はなかなか根深くて溶けないらしいと、初仕事を思わせるような硬さと晴れやかさが入り混じったような表情のサスペンダーをつけた天気予報士が、伝えていた。
 
ゆきがとけてからのことは、なにも考えていない。

ぱらみつぱらみつと、栞がつぶやく。
 徹底的にあっちに行ったはずの、柿沼にぱらみつがっくっついてきて今ここにやってこようとしているようなつかのま。
そんなつかのまを、たじろきながらつかまえたくて、栞のゆびがいま宙を舞う。

ぱらみつぱらみつ

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