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ぱらみつぱらみつ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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2つの季節を廻った頃、マンションの郵便受けに1枚のポストカードが入っていた。 見たこともない、おおきなものが枯葉の寝床にごろんと転がっている。表皮は薄い黄色で覆われていた。
 ラグビーボールをすなおにしたような物体の写真を見ている。差出人の名前が雨で掠れてそのイニシャルが読み取れなったけれど、誰からのものなのか、切手の消印でわかった。

〈これは果実です〉と、そこに綴られている文章をよんで、くだものですと言われた途端、大きなナイフで切り分けられている果肉を想像する。
 南国系の息苦しくなるような香りまでが漂ってくるようで。
〈ジャックフルーツっていうんです、ぱらみつともいうらしい。波羅蜜。〉
 重さは二十五キロにもなるらしく、もうその姿は住む場所をうっかりまちがえてしまったような風情だった。
 突然の便りに胸騒ぎを覚えながらも、このハガキがもう一歩早ければ、とぅーれーとだと、ひとりごちながら、この果物の姿と名前の違和感でさえ馴染めそうなぐらい、なにかにすがりたい思いが胸をひたひたにしていた。
 フローリングの床が、窓の外のゆきのせいで、いつまでも明るかった。
 
 柿沼がずいぶんと昔に異国へと旅立ってしまった時、栞は狼狽えた。
 それでも、いつものイントネーションや言葉尻さえ聞けば、距離なんて感じないんだろうと。でも、柿沼は、電話一本さえこの数年よこさなかった。
 そして、この一枚にいまふたたびうろたえる。
 こんなふうに、味わったことのない果実の話が唐突に綴られて、今までの空白の時間さえ、ゆめだったように綴られて。
 ひとつの果実は暮らしそのものだから、やはりこことはちがう遠いどこかで、柿沼は日々を暮らしていたんだなぁと、栞はそのこと自体を手繰り寄せようとしていた。
 実感の輪郭が、よくわからなくて。おろおろするのはたぶん、こんな時なんだろうと思う。
 
 柿沼がブラジルの街を散歩していて、そこの公園に落ちていたらしいこの果実。
 いきなり対峙してしまったら、なにかの仕掛けのようで後ずさってしまいそうな形を携えているぱらみつをじっと見る。見ているとぱらみつがみつめかえしてくる。
 目に映る風景にやがて馴染んでゆく時間の積み重ねが、異国で暮らすということなんだろうな、と思う。
 マンゴーですらなじめないというのに、時折、異国の市場に恋焦がれてしまうことが栞にはよくあった。
 目にも鮮やかな果実や野菜をまいにち目にしながら暮らしてゆきたいと。

ぱらみつぱらみつ

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