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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 ただただ雨のしずくを見ていると、どこかここは異次元の場所のようで、これから五分先のこともどうでもいいような気持ちに駆られる。
 ガラスの内側にいて、その向こう側の雨を見ている時の守られている感じが、こころもとない。
 でもほんとうは、こころもとない気持ちは雨のせいでもなくて、さっき聞いた月島さんの言葉が耳に残っているせいなのだとわかっている。
 誰かのことばに齟齬を感じると栞は口は閉ざすのに、おーばーあんどおーばー、なんども耳の中で繰り返してしまう癖があった。
「思い出になるね」って。
 いつもの彼女なら雨にふりこめられたことへの抗いばかりを並べたてるのにって、栞は思いながらも、舌の上で溶けるカルピスのシャーベットが思いがけなくおいしくて、気持ちのベクトルがやわらいだ。
 
 これおいしいいねって言いながら。昔よく作らなかったこういうの? ってシャーベットのまわりにだけ配置されたものたちに誘われるように、冷蔵庫で冷やしたもののオンパレのような会話ばかりを、ふたりで続けた。
 麦茶、マスカット、濃いめのカルピス、蜂蜜づけのレモンの輪切り、などなど。なんだか雨じゃなくて、栞は懐かしさに降り込められている気がしてきて、記憶の凪を待ちたくなっていた。
 
ひとりの部屋に帰るそのドアの手前で赤い星のキーホルダーを鞄の内ポケットから取り出す時いつも栞は想う。部屋のドアはなんとなく、日常という引き出しだなと。
夜を終え、朝を迎えるとひかりを感じる引き出しの中。
射し込む光は、開けられてしまった証。そこを開いてしまえば、ちらかったものをひとつずつ片づけていかなければ、引き出しを閉めることができない。
日常はそんなふうにはじまりながら、おさまってゆく。
すべてのことに片をつけることはできないけれど。それでもいま大事なものとそうでないものの選択をしているだけで、きもちがもといた場所からどんどん離れていって、整理されてゆく。雑誌や新聞、仕事で使いそうな資料の切り抜きがあたりまえのように、テーブルのマグカップのとなりに散らばっている。
散らかりすぎなことに今更ながら気づいて、取りつかれたように、捨てたり移動したりを繰り返した。
整ってゆくと、ちがう世界を見ている気持ちがする。そんな感覚を栞は久しぶりに味わっていた。
ささいなことで反応してしまう、感情の揺れや、惑い、捨て身、思いがけない邂逅のうねり。こんなふうに、他愛ない日常は、いつのまにかありふれた曲線みたいなものに取り囲まれているのかもしれない。

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