テーマ:ご当地物語 / 東京牛込

原っぱの怪人

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そのころは、やたらに子供がいなくなったことが多かったらしく、大人たちから、やれ誘拐魔(ゆうかいま)だとか、人さらいが子供をつれていってサーカスに売ってしまうだとか、赤ん坊は角(かく)兵衛(べえ)獅子(じし)にされてしまうとかいう話を、耳にタコができるほど聞かされていたからです。
しかし、道夫は別な想像をしていました。清一とよう子さんは、自分にアイソをつかして、手をとりあって二人だけで逃げていったのではないだろうか。ほかの友だちを遠ざけて、三人きりで遊んでいることに満足できず、よう子さんと清一は、道夫をおいてけぼりにして、どこかへ行ってしまったのではないだろうか。道夫は悲しみました。
そんな自分を責(せ)める思いがわいてきたのは、いまから考えてみると、道夫がよう子さんを好きだったので、清一にやきもちを焼いていたからではなかったでしょうか。イヤ十一の少年がそのような複雑な感情を持つはずはないと思われる向きもあるかもしれません。 
もちろん、道夫のこのときの事件にかんする記憶は、あとになって小説や映画から学んだ知識によってささえられています。ですが、よう子さんが、かなり大人びた子だったことは、まえに書いたとおりで、たとえ十一の少年にしろ、たんなる遊び友だちとしてだけではない気持ちが、ほのかにきざしていなかったとは言えないでしょう。
さて、ちょうどよう子さんと清一が姿を見せなくなって二週間ほどたって、夏休みが終わりました。清一は、自宅にもいないということがわかりました。学校から帰ると、道夫はあいかわらず一人で原っぱに行って、虫を取ったり、草をつんだりしていました。
と、それから三日ほどして、道夫が、原っぱに出かけてみると、なんと、清一が元気そうな顔で、姿をあらわしたのです。道夫は、夢ではないかと驚きましたが、わけをきいてみると、べつだん人さらいに連れていかれたのではありません。それどころか、清一は紙芝居屋のおじさんが原っぱからいなくなったことさえ知らなかったのです。
清一はゼンソクもちでした。それが、たまたま紙芝居屋が来なくなった日に発作(ほっさ)が起きて、清一は救急車で病院に運ばれました。そして、容体(ようたい)が安定してからは、房総(ぼうそう)の海岸に転地(てんち)療養(りょうよう)に行っていたというのです。
「それで、よう子さんも、いっしょについて行ったのかい?」
「いや……」
清一は、眉(まゆ)のあいだに、ちょっとシワをよせると、話をつづけました。

原っぱの怪人

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