テーマ:ご当地物語 / 東京牛込

原っぱの怪人

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 道夫のうちでは、毎年、お盆の十三日の夕方、まだ暮れきらないたそがれ時(どき)になりますと、先祖(せんぞ)迎(むか)えの迎(むか)え火(び)を焚(た)きます。家の戸口の前に、ホウロクという素焼(すや)きの土器(どき)を地面に置いて、そのホウロクの上で、折ったオガラを燃やすのです。この火を目印にしてご先祖さまが、あの世から家々に帰ってくるといわれています。
オガラはアサの皮をはいだ茎(くき)で、迎(むか)え火(び)の前日になると、神楽坂通りに草(くさ)市(いち)という縁日が立って、そこの露店で売られていますし、お盆近くになると、八百屋の店先にもたくさん積んであります。
小学生六年生の道夫は、おかあさんから、
「台所にオガラが買ってあるから、持ってきておくれ。ホウロクはこわさないように、そっと持ってきなさい。マッチはお仏壇の引き出しにはいっているから」
 と言われて、勉強部屋から出てきます。
「うん、かあさん、ぼくが火をつけて焚(た)いてあげるよ」
 おおっぴらに火遊びができるうれしさに、道夫は、あたふたとホウロクを道ばたに運んで、オガラを折って、マッチで火をつけました。路地(ろじ)に吹きかよう夜風に、迎え火はパッと燃えあがります。
「わあッ、ゆらゆら揺(ゆ)れて、きれいだな!」
「これこれ、そういっぺんに燃やさないで、あぶないから、そろそろとやんなさい」
 おかあさんは、燃えあがらないように気をくばりながら、少しずつオガラをつぎたしていきます。
 しゃがんで手を合わせ、「ナムアミダブツ」と、先祖の霊(れい)を呼んだあと、おかあさんは煙を手のひらですくっては道夫のからだを撫(な)でてくれます。
「どうして煙をつけるの?」
 ときくと、
「こうするとお精霊(しょうりょう)さまが、お前を守ってくださるんだよ」
 と答えるのでした。
 消えかかった火で手をあぶって、頭が良くなりますようにと頭をさすってお呪(まじな)いをし、最後にすっかり燃えつきると、ホウロクの上をまたぐのがならわしでした。
「仏さまは十万(じゅうまん)億土(おくど)という遠いところから帰ってくるんだから、迎え火は早く、送(おく)り火(び)は晩(おそ)く焚くことにしようね」
 と、教えてくれました。三日間の盆が終わって、十五日の夕方になると、こんどは送り火を焚いて、先祖の霊を送りかえすことになっているのです。
「かあさん、ケンちゃんのとこでも、オヤお向かいでも、ほうぼうで燃やしてるよ。火の色がきれいだな」

原っぱの怪人

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