テーマ:ご当地物語 / 神奈川県:茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市

自分探し

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

急いでそうめんを食べ終え、自分の部屋に戻った。机の引き出しの奥から、現金の入った封筒を引っ張り出した。小学校低学年のころから、今年までの約十年間のお年玉が入っているものだ。僕は昔からあまり物を買うほうではなかった。ほしいものがあまり浮かばなかったのだ。だから、お年玉をもらっても、ほとんど使うことなくこうして残っていた。中身を数えてみると、合計で15万6000円入っていた。ほとんどが1000円札で数えるのに少してこずったが。これだけあれば、あまり高くないエントリーモデルなら買えるだろう。いつか使うだろうと思っていたが、まさか自転車を買うためのお金になるとは思っていなかった。僕は少しだけ躊躇した。しかし、今のこの強い気持ち、もはや欲望に近いこの欲求は今まで経験したこと無かった。これは自分を変える、いや自分を見つけるチャンスなのだ。そう言い聞かせた。ささっと部屋着(といっても下はパンツだけだったが)から着替え、封筒をバッグに入れ、燃えるような太陽の下に飛び出した。茅ヶ崎駅と辻堂駅の周辺にいくつかスポーツタイプが売っているような自転車屋があったはずだ。バスに乗り、まずは辻堂駅周辺を見ることにした。
自転車屋につくとキョロキョロと見まわしてしまった。見たこともないような形の自転車や、とんでもなく高い自転車が置かれていたりした。中でも、自分の知っている選手のモデルを見つけたときは、思わず「おぉ」と声が出てしまった。そうやって眺めていること約20分。店員が見かねたのか僕に声をかけてきた。僕は店員に、ロードバイクがほしいむねを伝えた。続けて、まだ乗ったことがないので、エントリーモデルがほしいことを伝えた。店員は予算を聞いてきたので、手持ちの金額を伝えた。すると、店員は僕をある一台のロードバイクのもとへ連れて行った。下地が黒で、その上に鮮やかな黄色いラインが入ったものだった。僕は一目ぼれをした。即決だった。その後、ロードバイクに必要な空気入れ(ママチャリ用のものは使えないのだ。)や、ライト、鍵、ペダル、ヘルメット、サングラスその他諸々を買った。料金を支払ったときはさすがに少し抵抗があった。十五万なんていう金額を高校生が払うことはなかなか無いだろう。しかも現金で。
納車までは1週間かかると言われた。買ったその日に乗って帰れるのかと思ったけれど、そうはいかないらしい。予想外の事ではあったが、それでも満足して家に帰った。家についてもなかなか興奮は冷めなかった。自分の部屋でヘルメットとサングラスをつけた姿を鏡に映して、ロードバイクに乗っている自分を想像していた。思えば、下はパンツ、上は半そでのTシャツにヘルメットとサングラスをつけて鏡の前でニヤついていたのだから、相当気持ちが悪かったと思う。部屋に家族が入ってこなくて本当に良かった。その日から1週間、本当に7日という短い期間なのかというくらい長く感じた。毎日テレビでツール・ド・フランスを見ながら、選手の走っている姿と自分の姿を重ねていた。もちろん部屋にいるときはほとんどヘルメットとサングラスをつけていた。ネットサーフィンをしている時も課題をしている時も。サングラスをつけて寝ようかと思ったこともあった。しかし、寝返りを打った時に、壊れてしまっては仕方がないので、これはさすがにやめておいた。

自分探し

ページ: 1 2 3 4 5

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ