テーマ:ご当地物語 / 広島県広島市中心部

のむということ

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「たぶん、二年の時にやった『野郎ども前期お疲れさま飲み』じゃない? 対象が野郎どもだったから私行かんかったけど」
 心当たりが多すぎて思い出せないクマ達に答えをくれたのはセーラで、三人は、あの時か! と同時に手を打った。
 成人したばかりで、しかし会社勤めではないので夜の時間が基本的に空いていて、しかも家族と離れて一人暮らし。そんな人間が自転車で行き来できるほどの距離に密集して暮らしていれば、毎日のように飲み会が開催されるのは仕方がない事だった。試験後や誰かの誕生日は当然として、『会議お疲れさま』『部室掃除お疲れさま』『一週間お疲れさま』と、とにかく理由を見つけては同じサークル内で学年を超えて人と酒を集め、誰かの部屋で酔い明かしていた。安くて量のあるボトルを買って、小さな冷凍庫を氷でいっぱいにして、廊下や玄関はおろか風呂場まで座るスペースとして開放して。あの頃自分たちの体は酒を主成分にしていたと、クマは自信をもって言える。
「お疲れさま以外の言葉知らんのかってぐらい、その飲み会しとったな」
「何に疲れとったんじゃろうか、あの頃」
 懐かしむ中に少しだけ湿った何かを感じさせる男二人の表情は、きっと会社に勤め始めて大人の疲れを知ったからこそだろう。
「会社勤めって、やっぱり大変?」
 何の気なしにした質問だが失敗だったと思った時にはもう遅く、眉間に皺を寄せた三人の愚痴を延々聞く羽目になった。クマの記憶する中ではこの三人はそれほど愚痴っぽい性格ではなかったように思う。それだけに、これから社会へ出ていくにあたっての不安がどんどん増えていく。
「地味に嫌というか寂しいのがさ、付き合いが薄いんよね」
 溜息をついたのはぼっちゃんだった。
「なに、職場の会話が無いとか?」
「いや、会話はあるよ。どこのコンビニの新商品が美味いとか。でもそうじゃなくてさ、なんていうか、同じ事務所に居ても距離遠いんよね。俺らあの結束力で侃侃諤諤しながら大学祭の運営業務しよったし、その距離感でチームワーク言われましてもってどっかで思っちゃうんよね。あだなで呼ばれる事もないし」
 それ解る! とコゼニが頷いた。
 へぇ、そんなもん? と三人それぞれの顔を見回すと、私は違うよ! とセーラが顔の前で手を振った。
「この仲だからあだなが染みるんじゃん? 社内のおっさんにセーラなんて呼ばれたら鳥肌もんよ」
「いや別にコゼニって呼ばんでもええからさ、せめて距離縮める呼び方しようよって思う」

のむということ

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