テーマ:ご当地物語 / 広島県広島市中心部

のむということ

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「えー、クマ良いなぁ! 一発目で秘密兵器なんてずるい!」
「ぼっちゃんのお連れさんでお祝いだから出したんでしょ。じゃなきゃ大事な人から教わった裏メニューなんて出さないわよ」
「ふ、ふぅん」
 口を尖らせていたぼっちゃんは、マスターのその一言でえらく機嫌を良くしたようだった。さすがバーのマスターは酔っ払いに慣れている。
「ふっ。ぼっちゃん、ちょろいな」
 クッキーが呟くと、マスターはぼっちゃんの見えないところで掌をくるっと回す動作をした。転がすなんて簡単よ、という事らしい。
「さあさ、早いとこ乾杯しちゃいなさいな。流川の夜は長いのよぉ? お嬢さん『山椒魚』や『痴人の愛』なんかもあるけど、二杯目にいかがかしら?」
 ハートマーク付きの誘い文句に小十郎が目を輝かせた。最初の引き具合はどこへやらすっかり興味津々になっている。
「えー、それでは……何にしようか」
「流川に? 裏メニューに?」
「二杯目に!」
「小十郎それなんか違う!」
「俺の引っ越しじゃないんか」
「それさっきしたじゃん」
「じゃあクマ何がええん?」
「……再会に?」
「却下。しんみり系ダメ絶対」
「なんでだよ!」
「文学に!」
「だからそれ違うって!」
「早くしろよグラス重いんじゃ」
「そうだぞクマ」
「俺かよ!」
「あはははは!」
「まどろっこしいわね。主役がちゃっちゃと決めちゃいなさいな」
「クマ早く! 腕が限界!」
「ああもう! 文句言うなよ! またお前らと飲める毎日に乾杯!」
 ぶつかったグラスの音は、長い夜とこれからの始まりのゴングとして響いた。

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