テーマ:ご当地物語 / 広島県広島市中心部

のむということ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「そんじゃ、クマの市内移住を祝って乾杯!」
 歓声と共に、酒で満たされたグラスがぶつかる音が響く。
「おめでとーう」
「クマおめでとう!」
 続々と掛けられる祝いの言葉にお礼を言いながら、クマはやってくるグラス達を迎え続けた。机に置く間もなく十五人全員とそれをし終える頃には生ビールがなみなみ注がれたグラスを持つ右腕が震えはじめていた。水滴を纏ったグラスにやっと口を付けた頃にはすでに数人飲み干して二杯目を頼むべく手を挙げている。この集団での飲み会で主役になるというのはこういうことだったなと、その景色を見て思い出した。
「えらい集まりがええな」
 グラスを一旦置いて周りを見回してみる。ここに居るのは大学時代共にサークル活動をした、同期二十五人中の十五人だ。
「まあ、広島住みの同期殆ど来たしね」
 隣に座る、幹事をしてくれたぼっちゃんが胸を張った。
「飲み会決まったの今日なのに? 連絡早いな」
 ぼっちゃんから電話があったのは今日の昼過ぎの事だった。今晩なら暇なのだが飲みに行けないか、と。ちなみにぼっちゃんがそんな誘いを掛けてきたのは昨夜クマがネットに投稿した広島市への移住を発表する記事を読んだかららしいので、元々飲み会が計画されていたわけではなさそうだが。
「時代ってすごいよね」
 ぼっちゃんはスマートフォンを顔の横で振った。
「グループトークで拡散したんよ。そしたらこの集まり」
 見せてもらうとグループには広島市に住む同期全員が参加しているらしく、遡って読むとかなり頻繁にイベントの呼びかけや相談がなされていた。
「あとでクマも招待しとく。先輩たちも一緒になってる広島グループにも」
「おお、よろしく」
「そんでお前、どこに住むん?」
 正面に座るコゼニが声を掛けてきた。
「ん、大町」
「大町? じゃあ厳密には市内じゃないんやね」
 コゼニの隣で聞いていたセーラが言った。
「市内じゃろ。広島市安佐南区」
 どういうわけかクマの通っていた大学の学生達は皆、大学のある東広島市ではなく県の中心部である広島市の事を「市内」と呼ぶ。「今日は市内でバイト」とか「この本は市内にしかない」とか。対して東広島市の事は大学のある土地の名前から「西条」。おかげで西条ではない東広島市で生まれ育ったクマも、入学以来この習慣にすっかり染まってしまった。
 だからクマの中では広島市で住所が始まる時点で市内という認識なのだが、セーラは違う違う、と手を振った。

のむということ

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