テーマ:二次創作 / 人魚姫

3番目のマーメイド

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わたしはチャペルのバージンロード側の席に着いた。式の前にかれに会えれば、デッキにかれをよびだして、もっとスムーズにことは運んでいたはずなんだけど、家のしきたりだとかならわしだとかといってかれは会うことを断ってきたから、Bプランでいくしかなくなってしまった。戸籍もないわたしの正体は、永遠に謎のままで、おそらく事件は迷宮入りするだろう。しかし、あの女のひとはいったい誰だったんだろうといううわさはたつかもしれない。でも、うわさはうわさ。わたしが人魚だったなんて確証はどこにもないはず。かれ名義のマンションも、きれいにかたづけてきた。人魚にもどれば、人間だったわたしはまぼろしになる。あとはことをすませて、デッキから海に飛び込めばこちらのものだ。さて問題は、そのデッキまで、どうやってかれを連れてゆくかにかかっている。チャペルで刺してしまったら、ここで人魚になってしまって、海までたどりつけない。かれをどこかのタイミングで拉致するしかない。それはやっぱり入場してきたときがベストだ。意表を突かないと。入口にも近い。なんとしても誓いのキスの前にやらなきゃ。ナイフをかれの首元に突きつけてデッキまでつれていく。なんとか連続する足の痛みに必死にたえて、そこまでいくしかない。
司会者がふたりの入場を告げた。神父がやわらかく微笑む。美しいピアノ曲が流れはじめて、扉がひらき、ふたりがあらわれた。わたしは、目を疑った。かれのとなりにいるのは、なんと、男だった。招待客がいっせいに拍手しているなか、わたしは呆然と、ただふたりを目で追うことしかできずにいた。わたしが拍手もせず、立ち尽くしているのをみつけたかれは、ふたりの会話手段だった手話でこう伝えた。(オンナとは結婚しないという約束は守ったよ)。魔女はたしかこういった。ほかの女と結婚したらって。そっか。だからなんだ。わたしはすべてを理解した。かれが不能なんだといってわたしを抱けなかったのも。愛してないとまでいって、でもいのちの恩人だからだと、いくつもの札束をテーブルの上に置いてからふいにいなくなってしまったのも。きみがあたらしい居場所をみつけるまでそこにいてくれていいし、そこにいて支払うお金はいっさい心配いらないからと、ひらがなだらけの手紙をよこしてまでして、もうもどるつもりはないからと念を押したことも。そっか。そうだよね。そもそもわたしが急におしかけて、そのまま居着いちゃった迷惑な話だったんだよね。式が進行するなか、わたしの脳裏には、恋がはじまったあの日から今日までの日々がつぎつぎとよみがえってきていた。わたしがかれのために死さえいとわないと思えなかった深層心理がようやくわかった。死ぬ間際には、思い出が走馬灯のようによみがえってくるというから、わたしはやはりこのまま死んでしまうのではないかと心底凍りついたけれど、気がついたら、ふたりはもう誓いのキスをかわしているところだった。わたしはポケットにしのばせてにぎりしめていたナイフから、そっと手を離した。

3番目のマーメイド

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