テーマ:二次創作 / 人魚姫

3番目のマーメイド

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かれの笑顔が好きだった。あの笑顔をみていられるだけで、わたしはしあわせだった。ひとめぼれかもしれない。あれが恋ね。人魚は恋をしない。最初のマーメイドの恋は、人魚姫のタイトルで知ってのとおり。2番目のマーメイドの恋は、映画スプラッシュで描かれていたわ。だからわたしが、3番目のマーメイドになる。人魚が人間の男たちを誘惑するのは、子孫をのこすため。恋をするのは、人間の男のほう。女のコしか産めないのだから、そうせざるをえない。はるか遠いむかしから、ずっとそうしてきた。ふたりは人魚の国でひとときの蜜月を過ごしたのち、わたしたち人魚は、ときめきのしずくとよばれるさいごの一滴でようやく受胎する。安心して。映画のとおり、下半身は乾くと人間のものにかわるから。人魚の国では、ふつうの人間の女性の姿ですごしているからね。蜜月といっても、わたしたちにとってはほんとうにひとときなんだけれど、人間の感覚ではそれはきっと、何年にもわたってつづいていると感じているんだと思うわ。まあ、かれらは気づかないけれどね。だからさいごがあんなかたちになってしまっても、だれも文句はいわないんじゃないかしら。厳密にいうと、文句はいえずに絶頂のなかで息絶えるわけだけど。そう、生命の源であるエネルギーがやどっているときめきのしずくをしぼりとられた瞬間にね。そういう状態に、もってゆくための蜜月。そうやってながいあいだ、人魚と人間はまじわってきたの。でも、2番目のマーメイドのあのふたりは、いまでも仲むつまじく暮らしているみたいだから、わからないけれど、もしかしたら、魔女に人魚とおなじくらいの寿命をかれにあたえてもらったのかもしれないわね。強欲な魔女のことだから、彼女の何かとひきかえにね。彼女なら、そうしてもかまわないと思うんじゃないかしら。いまのわたしならそれがわかる。あの日、サーファーのかれが、離岸流で沖に流されて、波にさらわれておぼれそうになっているところをたすけてあげて、浜辺まではこんでからしばらくして、かれが一瞬だけ目覚めて浮かべたあの笑顔は、ある意味わたしにかけられた魔法だった。魔女の魔法もすごいけど、それとはまたちがう、恋という魔法。かれが微笑んでくれたら、わたしは何でもできた。死ぬこと、以外なら。わたしと最初のマーメイドとのちがいは、そこ。生存本能がすさまじい人魚だもの。それさえも、凌駕していくものがわたしにはなかった。でもほんとうに、一日でもながくかれと一緒にいられたら、それでよかった。心の底から、そう思ってた。それだけが、たったひとつの願いだった。けれど、まさかあの日、面と向かって愛してないなんて言われるとは想像もしていなかった。そうゆう別れはわたしの身にはおこらないと、どこかで信じていた。だってね、自分でいうのもあれだけど、テレビや雑誌でみかける女優やモデルやアイドルとよばれている女性たちと比べてみても、これっぽっちも負けてるなんて思わない。だってそうでなければ、人間の男たちを誘惑できないもの。いわば生物学的にどうしても、絶世の美女でなければならないわけなの。あのね、人魚はね、もっとも美しいときに成長がとまるの。そして、美しいまま生涯を終えるの。それにね、わたしにはそれにくわえて、それはあたりまえなことなのかもしれないけれど、ひととはどこかちがう神秘的な雰囲気というものを持ち合わせているはずなのね。だってそうよね。なにしろもと人魚だもの。たとえばそう、わたしをみてだれもがふりかえったし、そのときにはだれもが少しおどろいたような顔をして、それからすぐに微笑んでくれたわ。それとひとりで街なかにいるとね、わたしのまわりには、いつしか男のひとたちの輪が幾重にもできていて、わたしはまるで女王蜂にでもなったような気分でいたものだった。だから、わたしに別れがくるなんて、みじんも思っていなかった。しかし、人間界は何が起こるかわからないし、何が起こっても不思議ではないのだから気をつけるんだよと語ってくれたクジラの長老のお話のとおりになってしまった。考えてみたら、最初のマーメイドだって、まさかあんな展開になるなんて思ってもいなかったでしょうからね。でもまあ疑問なのは、最初のマーメイドはなぜ、王子を殺さなかったのかということ。そもそも、自分のいのちより大事なものなんて、この世界にあるとは思えないもの。たとえ何があろうとも、自分が生きのこることが最大の使命だと、わたしたち人魚は死ぬほどたたきこまれてきたのだから。

3番目のマーメイド

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