テーマ:一人暮らし

6番レフト

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「綺麗なライナー性の当たりを打つのが上手かった。外野手の前にワンバウンドするような。それに人の話をよく聞いていた」
「下手だからね」
「本当にそう思っていたのか?」
「一番下手だとは思っていなかったけどね」
「大山中と練習試合した後のこと覚えてるか?」
「大山中・・・?」
「うちの学校で試合をしたんだ。五点差つけられて負けたんだんだけど。その前日も試合をして、それは俺が投げてその日はショートを守ってた。確かその試合は小笠原が投げてタクミの見逃し三振で試合が終わった。試合に負けたせいなのかわからないが、その時監督の機嫌が悪くて、お前ら五点差で負けたんだから外周五周走ってこいってことになったんだ。雨が降っていたから体力のある奴らはさっさと走ってお終いにしたかった。だから俺や武田、井上なんかがいつも通り先頭を走って、それで三周目までは監督が立って監視してたんだけど急にいなくなったんだ。そういうのってすぐに気づくだろ? それで後ろの方を走っている奴らなんかはペースを落としてタラタラ走ったんじゃないか。そんな中、お前は一人ペースを上げて先頭の俺らを追い抜いていった。アホみたいな速さでどんどん先にいくもんだから頭がおかしくなったのかと思ったよ。だから絶対にどこかでバテると思ったし、単純に考えて俺と武田より速い奴って学校内じゃ見当たらないわけだしさ。それでお前の走りに興味を持って、どんな風にペースが落ちてくるのか期待しながら残りを結構力を入れて走ったんだ。それで走り負けたって経験が今までなかった。結局、最後までお前の姿を見ることがないまま走りきってお前の姿を探したんだ。でもそこにお前がいなかった。それでしばらくしてから後ろを走っていた奴に混ざって完走したんだ。アホみたいに目を見開いて辛そうな顔をしていたよ。まあ当然だよな、一人で勝手に六周走ったんだから。他の奴らはそのことに気づいたかどうかわからないが、俺はその時ショックを受けたよ。こういう奴が自分の周りに実はたくさんいるのかもしれないと思って恐くなったし、なんでそういう力を普段は見せないんだって不快にも感じた。でもそういうことってそれ以降はないんだ。俺が見逃しているだけかもしれないが、大体予想通りのことしか起きていない。だからそれはたまたまの偶然だと思うことにしてるんだ」
「そうだと思う。奇跡みたいなことだったんだね」
「なあ、俺と腕相撲してみないか?」

6番レフト

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