テーマ:一人暮らし

6番レフト

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 一方、僕の方はその頃から仕事をしていた。高校卒業後、地元で一人暮らしを始めて社会人としての新しい生活を作っていこうとしていた。もちろんそれは言葉で言うほど簡単なことではなかったし、あまりその時のことを積極的には思い出したくはない。若いということで飽きるほどバカにされ、脅され、何度もわかりやすお形で騙されまくった。クタクタになって頭を抱えるようなことが続いた時もあった。しかしそれに耐えることがあまり難しいことではなかったように思う。命まではとられないだろうとか、こういうことには限度があるという風に感じていたのか、結果どうにか落ち着くというということが殆どだった。
 そんな感じで社会に適応していこうと自分なりに懸命になっていた頃、コメがよく店に遊びに来てくれた。彼女とは高校の時にサチに紹介され知り合っていた。確かその時にカスミ君もいた。駅前のミスタードーナツで四人でお茶をして、カスミ君はこういう子がタイプなんだと思ったのを覚えている。コメは広い額をビシッと正面に向けて何かをストローで飲んでいた。
 カスミ君、サチ、コメは同じ公立高校に、僕は水泳の強い私立高校に通っていた。僕のいる地域にはそれほど高校も多くないため、ある程度勉強のできる人であれば彼らの通っていた公立高校へと進学し、それから地元の国立大学や別の都市の大学へと進んだ。
「大学どう?」
「うーん、よくわかんないけどなんとなく楽」
 コメは地元の国立大学の農学部へと進んだ。
「でもみんな頭が良くて大変に感じる時もある。まずタクミ君じゃついてこれないと思う」
 彼女は女王様のようにタバコを吸いながら僕にそう言った。
「よかったよ、働くことを選んで」
「人にはそれぞれその人に合った役割がちゃんとあるんだから。タクミ君は変に難しいことなんて考えないでお金を稼げばいいの。それで税金とか年金をしっかり納めなさい。借金はしない方がいい、ローンも組んじゃダメ。どうせ先のことなんて考えられないんだから。目の前の要求に速やかに対応するの。ハイボールおかわり」

                  3

 黄川さんは白州のロックを一口飲んだ後、美味しいけど普通の方が好きとはっきり言った。
「普通の生ハムよりも高いんですからね」と僕は説明した。
 24時を過ぎ、テーブル席に二組。アルバイトの大杉君はまかないを食べ終わったようで、ご馳走様ですお疲れ様ですと僕に対して頭を下げた。

6番レフト

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ