テーマ:一人暮らし

6番レフト

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「何か個人的にやれることはなかったの?」
「もちろんそういうことも考えたりはする。アイディアのようなものは出てくるんだけど、それを行動に移すことができないんだ。そのアイディアと自分がどう繋がっているのかがわからないから、簡単に自分に対してツッコミが入る。格好つけたいだけだろ? 偉そうに出しゃばって、自作自演じゃねーかってテレビに文句言うみたいに。誰がお前の考えたそれを望んでいるんだ? って。部活をしている時は余裕がなかったってこともあるけど、そういうことは全く感じなかった。やるべきこととそれをクリアすることに自然と意識が向いていたような気がする。今自分のやるべきことって何なのか、それがここ何年間か全然わからないんだ。金儲け? 結婚をして子供を作ること? 平和な日常の享受? そんな誰かの言葉みたいなものと自分が懸命にやってきたことが同じレベルにあるのか? ワニ君は運動神経がよくって元気があっていいわね、将来が楽しみね、スポーツ選手? 体育の先生にでもなるの? こういうのは冗談だと思っていたよ。でもこの前姉の子供に向かって自分が同じようなこと言っていてはっとしたんだ。ピアノをやってるんだけど、聞いたことのある楽曲を結構上手に弾くんだ。だから、ピアニストになるの? 今度曲作ってよ、ってきっとバカみたいな顔して言ってたんだろうね。そしたら、変なの、バカみたいって冷たく言われたよ。本当にその通りだと思った。こういうのって冗談でもなんでもくて自分の歪んだ現実感から出てくる言葉だとわかったよ。それを幼い子に感染しやすい子に撒き散らして大人のふりをする。自分の成長を諦めたら嘘みたいなくそ野郎にもなれるんだって自分でも驚いたよ。それを補うことのできる言葉なんてもう何も浮かんでこないんだ。結局そういう人間の考えたアイディアでしかない。ただの冗談みたいな、歪んだ現実を押し進めるくらいの仕事しか自分にはできないんだと思ったよ」
「みんなワニ君のことが好きで、ワニ君はそれに応えようと悩んでいるんだね」
「そんな人もういないよ」

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「この前、一緒に飲まれてた方いらしてましたよ。タクミさんに連絡しようとしたら呼ばなくていいと。カウンターで一杯だけ飲んで出ていかれました」
「どれくらい前のことですか?」
 この日は夕方から砂嵐のような雨が降り続いていて客も少なかった。もし24時になっても客が一人も来ないようだったら店を閉めてもいいです、と小津さんとバイトの二人に伝え、僕は傘をさしてカスミ君のいるスナックに向かった。雨がバチバチと道路に打ちつけられ、駐車している車がいじめられっ子のように映る。スナックまでの道のりにある店の様子を外から覗くと、どの店も殆ど客が入っていないようだった。知り合いの店主と顔が合うと、今日はダメと言うように顔を横に振った。

6番レフト

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