五時のチャイムの終わりと共に現れた女の子、のこと。
まあ、できないけどね。
しか〜し! そのくらいお姉ちゃんは怒ってます! 二十一にもなって連絡ひとつ返せない、弟に! I’m mad at you!
ねえ、ちょっと! 私ばっか見舞い行ってさ、どういうつもりよ!
ホンッット、アンタは昔から逃げてばっかね。喧嘩して勝てなくなると、すぐに母さんとこに泣いて逃げていったもんね! 父さんときは手術も立ち会わないで。でも今回は絶対絶対、許さないから! 来週、母さんの手術! さっさと会いにいけ! このバカ! もし会いにいかないっていうならね、
そのあと、姉のメールには「天罰」という単語が四回、「ギロチン」という単語が二回登場し、文末は「死んでしまえ!」という呪いの言葉によって締めくくられていた。
僕はしかし返信はせず、床に張り付いたままだった。つけっぱなしのテレビから、アイドルグループの歌が流れていた。彼女が好きだったグループだ。DVDプレーヤーを見ると、録画ランプが点灯していた。
「私ね、癌だったのよ」
そう母がカミングアウトしたのが先月のことだ。
年に一度の人間ドックでポリープが見つかったのだとか。それが体のどこにできたものでどのくらい酷いのか、僕はなにも知らない。父のときもそうだった。一年前、父は同じように癌になり、死んだ。でも僕は父が入院している間、実家にも病院にも近寄ろうとしなかった。仲が悪いわけではなかった。手に負えない現実を前に、僕に出来ることは限られていた。僕が行ってなにが出来るわけではなかった。僕は、別に逃げているわけではない。
三分のタイマーが鳴った。考え事をしている間に、カップラーメンは出来上がり、気がついたら五時のチャイムは終わっていた。人生なんてこんなものかもしれない。そんなことを思いつき、箸を手に取ったとき、今度は部屋のインターホンが鳴った。
とりあえずの反応として、僕は長方形のドアを見つめた。いったいこの部屋に誰が訪ねてくるだろう。郵便なんて滅多に来ない。忙しい姉がこんなところまで来るとは思えない。呆れた父が来たとしても、インターホンは押さずにドアなんてすり抜けてくるはずだ。彼女が戻ってきた? 残念ながら可能性としては一番低そうだ。
ピンポン。
再び、インターホン。随分、間の抜けた音だ。それでもドアの向こうの誰かは、確かに僕に会いたいらしい。
一度、考えを整理する。
1 今、僕は休憩をしているだけであって、あくまでリビングに張り付いていなくてはいけない身だ。
五時のチャイムの終わりと共に現れた女の子、のこと。