テーマ:お隣さん

文鳥

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 仕事をしながら、これっておれじゃなくてもやれる仕事だよな、と何万回目かに考えた。いま、同時にこのことを考えている人が何人いるのだろうか。
 仕事を終えて家路に着いた。重たいビニール袋を下げたこそこそしたスーツ姿の背中が、おれの家に入っていくところが見えた。

 *

「文鳥は?」
「あげた」
「あげたって、おまえ」
「ソウくんに」
「よかったの? それで」
「うん」
 父さんはまだなにかいいたそうだったけど、夕飯を食べ終えると僕はすぐに自分の部屋に上がった。
 階段を上がって、自分の部屋の前に立ったときに、下からくぐもった声が聞こえてきた。きっと、文鳥のことについて父さんが母さんになにかいっているのだろう。父さんが心配性だっていうのは知っているけど、いいたいことがあるなら直接いってほしい。いらいらする。
 部屋に入ると文鳥のにおいがした。餌のにおいと、おしっこのにおい。文鳥の体の、ぬるいにおい。この家のなかで僕が一番そのにおいを嗅いできて、服ににおいがついていたことにもずっと気づかなかったっていうのに、文鳥がいなくなると、確かにこの部屋ににおいがあった。文鳥をソウにあげてから、何度もリセッシュしたっていうのに、僕にしかわからないにおいが。
 文鳥に話しかけたりとか、そういうことはあまりしたことがなかったっていうのに、僕はベッドの上に仰向けになって、腕を額にあてて、だれかのためにさびしさを演じるように、じっとしていた。
 朝起きて、一階に降りると、父さんが僕の分のお弁当を作ってくれていた。父さんのお弁当はぜんぜんまずくない。僕は昼休みになって食べる、冷たくなった料理が苦手なだけだ。父さんの料理は、温かいときに食べるとふつうにおいしいし、お弁当とか、きっとずっと先になって思い返してみればありがたいんだろうけど、それでも、いまの僕にはマンネリで、たまに忙しい朝にもらうお金で買って食べる、コンビニ弁当の方がおいしく感じる。自分のためにお弁当を作らず、外食やコンビニでお昼を済ませる父さんはちょっとずるいと思う。
 学校のエントランスに、初等部の子どもたちが描いた絵が飾られていた。突然変異のじゃがいもみたいな絵ばかりだけど、それが母親の顔だということはわかる。母の日のために、学校が描かせたものだ。しあわせそうなオーラが絵のまわりには漂っている。まるで、母親がいない子どものことなんて少しもかえりみられなかったみたいに。

文鳥

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