テーマ:お隣さん

文鳥

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 窓際の席で頬杖をつきながら外を見ていた。教師の声は雑音で、空が青い。絵に描いたみたいな憂鬱や鬱屈。十七歳を演じるみたいにして、学校というものをやり過ごしていると、文鳥の世話を忘れていたことに気がついた。すぐに死んでしまうかもしれないと思った。愛着も、なにもない。なにかを昔に飼ったことはないけど、飼っていたペットが死んだときを思い出した、そういう気持ちになった。
 学校が終わって、帰り道、母さんに電話をかけようとした。文鳥の世話を頼みたかったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。ダイヤルボタンを押しながら、出たらなにを話せばいいんだろうと思った。
 母さんは電話に出なかった。話し中みたいだった。
 途中でゲンさんに出会って、いっしょに帰ったけれど、文鳥の名前はわからなかった。
 家に帰ると書置きがあった。
[お母さんは頭が痛いので寝ます。お父さんは今日は帰ってきません。キッチンにメンチカツがあります。もの足りなかったら、レトルトのカレーが棚にあるのでメンチカツにかけてください。冷蔵庫の中にポテトサラダが入っています。食器はそのままにしておいて。あとで洗います]
 空になった弁当箱をキッチンに置きっぱなしにはせず、開いて、水につけた。自分でこういうことをするのははじめてのことで、そわそわした。弁当のなかに入っていた、緑色の芝生みたいな、料理を区切るあれを捨てようとゴミ箱を開けると、メンチカツがあった。それをこれ以上見ないように、蓋を閉じた。
 部屋にいくと、文鳥はちゃんと生きていた。水も、エサも整っていた。
炊飯器のなかにお米があまりなかったから、ある分をよけておいて、新しく炊こうと思った。家庭科の授業以外ではお米を洗うのははじめてだった。炊けたお米はべちゃべちゃしていた。メンチカツを乗せて、カレーをかけた。テレビを点けず、できるだけ、なんの音も立てないように、そっと食べた。レトルトのカレーを食べて、お皿を洗うときに、きのうもカレーだったなと気づいた。母さんのカレーとは別の料理みたいだった。
ポテトサラダがあることを忘れていた。お腹は膨れていたけど、母さんに気を遣って、ポテトサラダをぜんぶ食べた。
書き置きをして、部屋に籠った。
 朝起きて、一階に降りると、ちょうどドアが開いて、父さんが帰ってきたところだった。

 *

「文鳥は?」
「あげた」
「あげたって、おまえ」
「ソウくんに」
「よかったの? それで」

文鳥

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