テーマ:お隣さん

いまはまだねむるこどもに

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「…タイミングばっちりだな」
 と夫は言った。
 私は、
「…こんなロウソクしか売ってなかったの」
 と言って、私はアイビーをライトアップして、残ったロウソクとマッチを自分の傍へ寄せた。
 夫は、
「…ほぉ。いいじゃないか」
 と言って、指一本、ワイングラスの足に沿って滑らせて、
「……きれいなもんだ」
 と言った。
 私たちはこんな夫婦ではなかった。今では無理に興味を引くことを言わないと、お互い、皿からも、ワイングラスからも、目を上げない二人なのだから。
 私は、藪から棒に、
「――何か、言いっこでもしようか?」
 と言ってみた。
 夫は、
「…何を言いっこするって言うんだい、こんな暗い中で」と返した。「…たとえば? 俺はジョークなんてものは持ち合わせていないぜ?」
「そういうのじゃなくて」と私は言ってから、しばらく考えたあと、「今まで秘密にしていたことを言う、っていうのはどう?」
 と言った。
 そう言われて思いつかないのか、夫は、私の次の言葉を待っている様子だ。こんなに真剣な態度は、本当に久しぶりのことだ。
「――そう、停電といえば、祖母の家に行ったときに、一人づつ何か言わされるのよ」
 と私は勝手に話を始めた。
 お互いの顔が見えない中、夫は、私の言葉を、遠くのものを見るように目を細めているに違いない。彼には、そういう癖がある。
「――言わされる、って?」
「――別になんでもいいのよ。ジョークとか、嘘みたいな一口話とかよ。どういうわけか、うちの親戚ときたら、私に学生時代の友達のことを言わせたがるのよ。なぜ、そんなことに興味を持つのかしらね? このまえ祖母に会ったら、小学生のときに一緒だった女の子四人組はどうなった、なんて聞くのよ。――そこまで覚えていられないわ」
 そう言って、私はワインを一飲みした。きっと、夫は私のどこに力点を置いているのか分からないような脈略のない話を聞いて、少し気分を害したのだろう、
「――それが今まで秘密にしていたことに入るのかい?」
 と返してきた。「そんな話じゃ、高校時代に酔っ払ったときにやった、ホントかウソのゲームと変わりがないよ」
「そうね」と私は言い、「高校時代、といえば、大学時代にあなたと出会って、はじめてあなたの家に行ったときに、住所録を盗み見させてもらったの。私のも書いてあるかな、と思ってね。あれは、――出会って二週間ぐらいだったかしら」
「――あれ、そのとき、僕はどうしていたんだろう?」

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