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いまはまだねむるこどもに

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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週末のある日、「臨時の措置として…」云々と、テレビ画面の中のニュースキャスターは『計画停電』のニュースを読み上げていた。携帯で仔細に調べてみると、『計画停電』は5日間続き、この地域においては、なぜか夜の7時から1時間の停電となるらしい。
 私は夫に向かって、というより、自分に向けた独り言のように、
「――でも、通知してくれるだけいいわよね」
 と呟いた。
 グレーのスウェット姿でパソコンに向かって原稿を書いている夫は、その私の言葉を聞いて、一瞬、ばつの悪い顔になったが、なんとかつっぱった。
 私は作っている鶏肉を煮ている鍋にガラス蓋をしてから、
「どうせなら平日の昼間にやってくれればいいのにね」
 と言った。
「僕がいないときに、か」
 そう受け流すように言って、夫は原稿を打ち続けていた。小説家である夫は、昼間はテレビのコメンテーターの仕事やら、取材・対談の依頼やらで、家を空けることが常で、夜は大抵、小説執筆の時間に当てているのだ。
「……で、停電は、いつからだって?」
「7月19日からだって。今日からじゃないからしら」
 そう言って、私は冷蔵庫に貼ってあるカレンダーに目を留め、日付を確かめた。そして、まったく違うことを思い出していた。このカレンダーは、一昨年のクリスマスにある友人が贈ってくれたものなのだが、去年の私たちは二人でクリスマスを祝うような気分では全くなかった。



家には、いざというときのためのロウソクがなかったので、それを買いに行くために私は一台のタクシーを呼んだ。私の住む地域は近場にコンビニの一つもないほどの郊外なので、食料などの補給などはともかくとしても、ロウソクなどの非日用品などは駅前のデパートまで遠出して買い出しに行かなければいけないのだ。
 ――こうして、タクシーに乗るたびに、あの日の記憶がありありと蘇る。
 半年前の9月、夫が朝のテレビのコメンテーターの仕事へ出かける間際、私は産気づいたのだ。予定より、三週間早かった。私は夫に、仕事へ行って、と言った。コメンテーターとして今勝負時だし、いざとなったらマタニティー・タクシーが病院まで搬送してくれる手筈なのだから、大丈夫、と夫に付言した。
そして、すぐに、マタニティータクシーを呼んで、病院へと私は向かったのだった。その道中、私は吐き気を我慢しつつ、「私たち夫婦のこれから」を考えたものだ。いつか、私たちも、自分たちの子供を自家用車に乗せて、塾や、ダンスのレッスンや、歯の診療などの送り迎えするのではないだろうか、などと。

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