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いまはまだねむるこどもに

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 しかし、目が覚めてみると、結果は死産だった。
 医者に言わせれば、私の胎盤の力が無くなっており、急いで帝王切開をしたのだが、いささか手遅れだったらしい。良心的な部類に入るであろう、その医者は、次のように言った。「残念ですが、よくあることです。ひと月もしないうちに、立って歩けるようになりますよ。それに、ここが一番、重要な点ですが、決してもう二度と産めない体になったわけではありません」
 私は火葬される前に、死産した我が子の顔を見たし、医者から、抱いてやるのも一種の供養ではないか、と勧められ、この手に抱いてやったりもした。が、夫はその死産した子供を見ていないし、その手に抱いてもいないのだ。
 それ以来、私たちは夫婦としての距離ができた。――というより、夫婦が如何にして顔を合わせずに済ませられるか、という技術を磨いていったのではないか、と思う。
今ではもはや週末が楽しみだとも思わない。夜、夫は忙しなく原稿を執筆にかかりきりになるから、うっかりレコードもかけられない。朝も、時間のすれ違いで、私が階下へ降りていっても、彼が飲み残したであろう、コーヒーポットと、空っぽの私のマグカップがカウンターに置いてあるだけだ。夜の営みに関しても、絶えて無くなることはなかったが、暗闇の行為の中、いつしか彼の名前を呼ぶことがなくなっていった。



「火が通る前に7時だな」
と夫は言った。「食事する頃は停電かもね」
「ロウソクで、いいんじゃないの」と私は髪を解きながら、言った。昼間はうなじで丸めているのだ。「夕食のときは、暗闇かも。……明るいうちに、シャワーを浴びておくわ。――すぐ、降りてくるから」
と言って、私は二階へ上がっていった。
夫はこう思ったに違いない。
 ……今夜は電気が消えるらしいから、否が応でも一緒の夕食になるだろう。
このところは、それぞれ勝手に出来上がったものを料理台から取っていたのに。……妻はこんな女ではなかった。昔は居間のレイアウトにもこだわって、てかてかした黄色い布張りのアームチェや紺ととび茶色のトルコ絨毯を組み合わせて面白がっていたのに、すでにそれにも眼中にないようだ。まるで、今はホテル住まいのような形になってしまった。
 そろそろ7時だ。
 私は卓上にご飯を運び、昨日の晩に残った豆とはんぺんが入っているハンバーグを電子レンジに入れて、タイマーの数字を叩いた。
 二人の間に、沈黙が流れた。
 が、電子レンジが鳴った途端に、ちょうど、部屋の全部の灯りが消えた。停電が起こったのである。

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